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 宮城県沿岸部の被災自治体の多くで、震災直後に急減した後、いったん緩やかになった人口の減り方がここ数年「再加速」し、震災前の減少率を上回りつつある。被災・復興に伴う転出入が一段落する一方で、高齢化が進み自然減が増えている。まちを出た人の多くが戻らぬまま、被災地の人口動態は「ポスト復興期」に入ったと言えそうだ。

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 県が毎年12月末の住民基本台帳人口でまとめる人口移動調査年報などをもとに、年ごとの変動を調べた。宮城は震災前から人口減時代に入り、2010年時点で、沿岸14市町のうち仙台、名取以外は人口減が始まっていた。

 震災があった11年はマイナス幅が広がり、女川町16・05%、山元町13・62%、南三陸町12・43%などと、仙台を除き急減。住まいが被災し、多くの人が都市部で家を見つけたり、仙台のみなし仮設に入ったりした。震災死の影響も大きく、死亡から出生を差し引いた自然減率はこの年、女川で8・85%、最大被災地の石巻市も2・89%。南三陸、女川、山元の3町は、14、15年ごろまで転出超過(社会減)による大幅な人口減少が続いた。

 その後、まちづくりが進む中で人口減は緩やかになり、ほとんどの市町で震災前の年減少率を下回るように。避難先のまちから戻った住民もいた。仙台に比較的近い東松島、多賀城、岩沼、亘理の各市町は、14、15年を中心に人口増に転じた年がある。

 様相が変わるのは17、18年ごろ。年ごとの変動はあるが、総じて再び減少ペースが上がった。多くの市町で仮設住宅の一律供与が終わるなど、住宅再建に見通しがついた時期だ。

 気仙沼市は17年以降、年減少率が1・48→1・66→1・98→1・85%と加速。菅原茂市長は「復興の仕事で来ていた単身世帯が転出していることに加え、高齢化率(65歳以上の割合)が4割近くまで上昇し、高齢者のボリュームゾーンがなくなる時期が来た」と分析する。石巻市も18年以降は年減少率が1%を超えている。

 山元町は震災で人口が激減した町の一つだ。復興計画で、コンパクトシティー化を掲げて市街地を集約。5年前のまちびらき後は、手厚い移住支援策の効果で子育て世代が家を求めて来るようになり、17、19年は転入超過に。だが高齢化率は沿岸市町で最も高く、自然減が社会増を大きく上回る状況だ。

 この間、仙台、名取の2市は社会増による人口増が続いてきた。2市を除く12市町の人口は10年で計約6万4千人減ったが、2市は5万6千人の増。沿岸部の流出人口の受け皿になったことがうかがえる。この2市も増加ペースは鈍りつつある。

 県全体では03年をピークに人口が減り始め、震災の11年に1%近く減少。12、13年は増加したが、14年に再びマイナスに転じた。17年以降の減少率は震災前の水準を超える。震災後の5年間は社会増になり、福島や岩手県の被災者、復興事業関係者の転入が増えたとみられる。一方で自然減の幅は年々拡大し、近年の人口減の主因になっている。(編集委員・石橋英昭

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