ミャンマーってどんな国? 国軍の歴史に旧日本軍も影響

有料会員記事ミャンマーはいま

聞き手・半田尚子
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 民主化が進んでいたはずのミャンマーで、突如、クーデターが起きました。ミャンマー国軍が国家権力の掌握を宣言し、民主化の中心にいたアウンサンスーチー国家顧問らが拘束されるという事態の行方に、世界が注目しています。ミャンマーとはどんな国で、なぜ国軍がこれほどの力を持っているのか。今回、国軍は何のためにクーデターを決行したのか。次々に浮かんでくるそんな疑問について、ミャンマー政治に詳しい京都大学東南アジア地域研究研究所の中西嘉宏准教授に聞きました。

 ――専門家として長く関わってきたミャンマーは、どんな国ですか。

 東南アジアのインドシナ半島西部に位置し、約67万平方キロメートルの広さがあります。日本の約1.8倍です。人口は推定5404万人ほど。米作りが盛んで、国民の約9割が仏教徒です。公用語はビルマ語ですが、1948年まで英国の植民地だったことから、英語を話せる人も多いです。ただ、60年代以降は英語での教育が制限されたので、高齢者の方が流暢(りゅうちょう)な英語を話す傾向があります。

 ――どんなところに魅力を感じていますか。

 ミャンマーの魅力は人々の温かさです。2000年に初めてミャンマーに行きました。当時は軍事政権が続いていた時代です。最大都市ヤンゴンに到着すると、タクシーはぼろぼろで、夜も薄暗い。隣国タイの首都バンコクは大都会ですが、飛行機で1時間のところに異世界が広がっていました。

 ミャンマーには民族衣装の「ロンジー」というスカートがあります。腰の前で結ぶ巻きスカートで、老若男女が着用します。販売店に行くと、店員のお兄さんが親切に巻き方を教えてくれただけでなく、店を出て観光案内までしてくれたんです。お礼をしようとしたら「そんなのいらないよ」と固辞されました。軍事政権のこわいイメージと、そこに暮らす人々の温かさのギャップにカルチャーショックを受けました。

 好き嫌いが分かれますが、食べ物も魅力的です。「ヒン」と呼ばれる国民料理があります。ビルマ語でおかずという意味です。魚介や肉などを油で煮込み、カレー風味に味付けしたものです。僕はエビや豚肉を使ったものが好きです。「食べるお茶」も有名です。お茶の葉っぱを漬けものにして食べます。

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 ――ミャンマーという国名は「旧ビルマ」と表記されることもありますが、なぜ国名が変わったのですか。

 国名が変わったのは1989年のことです。それまで「ビルマ(Burma)」と呼ばれていたのが、「ミャンマー(Myanmar)」になりました。理由は政府が英語の国名表記を変更したからです。日本政府もそれに合わせて日本語での国名表記を変更しました。

 両方とも国名を示す言葉で、ビルマの方がどちらかと言えば口語的、ミャンマーが文語的な表現です。変更の理由ついて、当時の軍事政権は「『ビルマ』は特定の多数派民族を指す言葉であり、『ミャンマー』は全ての民族を指す言葉だから」と説明しました。

 ただ、軍が決めた名称を使うことは軍政を認めることになると考える人も多く、新たな名称はすぐには定着しませんでした。スーチー氏自身も国家顧問に就任する頃になるまで、「ミャンマー」という名称より、「ビルマ」を使っていました。

 ――ミャンマーは日本とも関わりが深い印象があります。小説「ビルマの竪琴」では、第2次世界大戦中の旧日本軍の様子が描かれています。

 41年にビルマに侵攻した旧日本軍は、「ビルマ建国の父」として知られるアウンサン将軍らと共に英国軍と戦って勝利し、42~45年にビルマを占領しました。植民地政府に反対した人々は旧日本軍にも抵抗しましたが、植民地統治していた英国を旧日本軍が一時的に追いやったことや、統治期間が短かったことなどから、日本への憎悪感情はあまり広がらなかったようです。

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