夫婦の無念晴らせず 強制不妊・中絶巡り請求棄却

榧場勇太、川村さくら、前田健汰
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 【北海道】「争点について判断するまでもなく、請求はいずれも理由がない」。旧優生保護法(1948~96年)をめぐる4日の札幌地裁判決は、不妊手術が実施されたことを認めず、中絶手術は知的障害ではなく経済的理由によるものだった可能性を指摘し、女性(77)と亡夫の訴えを退けた。「わが子を奪われた悔しさ、悲しさを問いたい」。夫婦の思いに応えなかった判決に、弁護団や支援者は怒りをあらわにした。

 「結論から言うと、一連の全国訴訟で最もひどい判決」。判決後の集会の冒頭、弁護団の小野寺信勝弁護士はそう批判した。

 旧法をめぐる訴訟では、被害があっても賠償請求権が20年で消える「除斥期間」や、旧法の違憲性について裁判所がどんな判断をするかが主な争点だった。今回は、女性が不妊手術を受けたこと自体を認定せず、中絶手術については障害が理由だった証拠は見当たらないとして、そうした争点に進むことすらなかった。「つまり門前払いです。原告の請求を認めることは考えていない」。小野寺弁護士が続けた。

 不妊手術を受けたかについて、判決は原告側が証拠として出した夫の生前の話を「採用できない」とした。西村武彦弁護士は「夫は(法廷で)証言する前に不幸にして亡くなった。相手方の反論を受けていないから信用できないというのは腹立たしい」と述べた。

 酒井将平弁護士は、判決が中絶手術が夫婦の経済的理由よっておこわれた可能性があると指摘した点に疑問を示した。「経済的理由というのはこれまでの裁判で国側から明確な主張があったわけでもなく、争点化されていない。不意打ちのように一方的に認定した」

 障害がある人らでつくる団体「ピープルファースト北海道」会長の松岡敏雄さん(61)は「原告を突き放すような判決だった。納得できない。憲法は何のためにあるのか。強い者のためでも弱い者のためでもなく、みんなの平等のためにあるはず」と話した。

 旧法をめぐる1月の判決で請求を棄却された原告の小島喜久夫さん(79)の妻麗子さん(78)は傍聴席で判決を聞くと、「裁判所は変わらないもんね。いつもひどい判断で残念」とつぶやいた。(榧場勇太、川村さくら、前田健汰)

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 「妻を助けてほしい」。2018年3月、原告の夫婦宅に被害の内容を聞き取りに訪れた酒井将平(34)と金子舞(35)両弁護士に、夫はそう訴えた。女性はにこやかだったが手術の話になると涙ぐんだ。

 夫は中絶と不妊手術の同意書に署名したことを「自分は加害者だ」と悔やんでいた。自分が先立てばひとりになる妻を案じ、「子どもがいたらこんな心配はしただろうか」とこぼした。

 夫婦は18年6月、札幌地裁に訴えを起こした。弁論は11月に始まったが、19年8月、夫は一度も法廷に立つことなく急逝した。弁護団との会食の計画があり、夫は「楽しみ」と話していた矢先だった。

 入院中の妻は病室に夫の遺影を置いている。20年2月、病院でおこなわれた本人尋問で裁判官を前に、女性は夫への思いをこう表現した。「全部好き」

 両弁護士は夫婦に子どもが生まれていたら同世代になるはずだった。夫婦は時折、2人に自分たちの子どもを見るような優しいまなざしを向けた。訪ねれば「よく来たね」、帰ろうとすると「まだ帰らないで」。酒井弁護士は言う。「夫婦はむつまじく幸せそうだった。でも望み通り子どもを産めていたらもっと幸せだったんじゃないか」(川村さくら)

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 〈旧優生保護法(1948~96年)〉 「不良な子孫の出生防止」を目的に成立。障害などがある人に対して本人の同意がなくても都道府県の審査会が決定すれば不妊手術が認められた。中絶手術の規定も14条にあり、本人と配偶者の同意で医師が行えるとした。同1項1号は本人や配偶者が「精神病」「精神薄弱」「遺伝性身体疾患」などの場合として優生思想に基づいていたが、4号は「身体的または経済的理由で母体の健康を著しく害するおそれがあるもの」と定めていた。同3項は手術を受ける本人が「精神病者」「精神薄弱者」の場合は、配偶者の同意があれば本人の同意があったとみなすことができるなどとした。

 厚労省日弁連などによると、96年に母体保護法に改正されるまで、不妊手術は全国で約2万5千人が受け、うち約1万6500人は強制だった。障害などによる中絶手術は約5万9千人が受けたとされる。

 審査会は医師や検察官、裁判官らからなり、対象者をみた医師の申請を受けて不妊手術の適否を決める。本人の同意が必要な手術の規定もあったが、ハンセン病患者が結婚の条件として受けるなど、事実上拒めない状況があったとも指摘される。

 2019年4月、被害者に一律320万円を支給する一時金支給法が成立。20年12月末までに833人への支給が認められた。中絶手術は一時金の対象にはなっていない。