「最終的には生活保護」答弁 炎上・反発の底に潜む問題

[PR]

記者解説 編集委員・清川卓史

 コロナ禍による生活危機が深刻化するなかで、「最終的には生活保護」という菅義偉首相の答弁が「炎上」した。社会保障の仕組みの説明としては間違っていない。なぜ、ここまで波紋が広がったのか。生活保護に関する二つの根深い問題が底流にあると私は考えている。

 一つは、生存権を守る「最後の安全網」といいながら、厳しい資産要件など利用を妨げる制度上の壁があって、その名の通りには機能していないということだ。なかでも申請の最大のハードルと指摘されるのが「扶養照会」(福祉事務所が親族に援助の可否を問い合わせること)だ。

 生活困窮者支援に取り組む「つくろい東京ファンド」は、年末年始の緊急相談会を訪れた人にアンケートを実施。生活保護の利用経験がない106人に「利用していない理由」を聞いたところ、最も多かったのは「家族に知られるのが嫌だから」(34・9%)だった。「子どもに迷惑をかけられない」「きょうだいに知られたくない」。私自身、そんな声を幾度も取材で聞いた。

 生活保護基準以下の低所得世帯のうち、実際に制度を利用しているのは2~3割程度と言われる。救命ボートがあると言われても実際には乗れないじゃないか――。そんな憤りが炎上の要因になっていると考える。

 二つ目の問題は、一つ目と関連することでもあるが、生活保護利用を「恥」とする偏見が広く浸透している現実だ。かつて吹き荒れた「生活保護バッシング」が残した負の遺産でもある。根深いマイナスイメージが「生活保護を使えと言うのか」という反発の土壌になっていると思う。

 期せずして首相答弁で制度への関心が高まった。田村憲久厚生労働相も「生活保護は権利」と言っている。この機会を前向きにとらえ、問題解消へ踏み出すべきだ。その第一歩として、コロナ禍の雇用・生活危機が続く間は原則として扶養照会を一時停止することを求めたい。

 生活保護法上、親族から援助があれば、その分だけ保護費は減額される。だが援助は強制されるものではない。扶養照会について田村厚労相は「義務ではない」と明言した。相手がDV加害者や長期音信不通である場合などでは、照会は不要とされる。

 だが、こうした建前と、一部自治体の運用が食い違っている。「家族に養ってもらって」と申請させてもらえない、DV加害者の家族に連絡された、などの対応が批判され続けてきた。扶養照会の「原則停止」という明確なメッセージを打ち出し、利用の壁を解消する契機としたい。

 第二の提案は、生活保護という名称の変更だ。この言葉にしみついてしまった否定的イメージを完全にぬぐい去ることは、極めて難しいと私は感じている。

 日本弁護士連合会が公表している「生活保護法改正要綱案」では、「生活保障法」への改称が提起されている。こうした案をたたき台に、本気で検討すべき時期が来ていると思う。