盛岡に最後の災害公営住宅 亡き夫が望んだ「我が家」

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中山直樹
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 結婚して、海のそばで暮らすようになった。一生過ごすつもりだった。だが、突然自宅を失い、内陸での仮住まいは10年に及んだ。やっと「我が家」に移り住む。でも、そこに住もうと言ってくれた夫はもういない。

 盛岡市の団地に住む金野(きんの)ツエ子さん(73)は今月11日を待ちわびている。住まいから約8キロの場所に整備された市内の「南青山アパート」への入居が始まる。2011年3月の東日本大震災で自宅を失い、自力で再建するのが難しい世帯のための災害公営住宅。被災地を中心に建設が進み、昨年12月、津波被災者向けとして最後に完成した。

 夫の一太郎さんや息子夫婦の4人で住んでいた一軒家は、盛岡から約70キロ離れた沿岸部の岩手県宮古市にあった。10年前のあの日、大地震が引き起こした津波に流された。

 約30年暮らした街を離れ、一家は行政が被災者向けに用意した今の団地に身を寄せた。「みなし仮設住宅」と呼ばれ、民間の賃貸物件に無料で住むことができた。しばらくして夫婦2人で暮らすようになった。

 ただ、夫の口癖は「ここは仮…

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