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 スポーツ団体理事長と言語聴覚士。和歌山からJリーグ入りを目指す「アルテリーヴォ和歌山」の運営法人理事長を務める板倉登志子さん(67)は、縁に導かれて異なる二つの世界にかかわる。分野は違えど、同じ心持ちで取り組んでいる。

 大阪府豊中市出身。脳外科医だった父の影響もあり、幼いときは医者になることを夢見た。大学卒業後、結婚した夫・徹さんの留学に合わせて渡米した。

 ある日、現地の隣人の車にステッカーが貼ってあることに気づいた。「I am a Speech Therapist」。発話などに障害がある人に向き合う「言語聴覚士」という職業があると知った。興味をもち続け、帰国すると大学へ通い、資格を取った。1988年から、和歌山市内の病院で勤務。「言葉ってその人の魂。沈んでいるものを浮き上がらせるすべは無いかと、いつも考えている」。通じ合ったと感じられた時が喜びだという。

 徹さんは、大学時代にサッカー部に所属したスポーツ好きでもあった。和歌山県立医科大学付属病院で働き、後に医大の学長を務めるほど多忙な日々を過ごす傍ら、息抜きにサッカー観戦をした。2006年にアルテリーヴォを運営するNPO法人「和歌山からJリーグチームをつくる会」が創立されると、後に理事長も務めた。

 だが16年、徹さんが70歳で亡くなった。胃がんだった。クラブから徹さんの後を引き継ぎ、理事長に就いてほしいと頼まれた。子どもたちや選手たちがボールを蹴る姿を、楽しそうに眺める徹さんの姿を覚えていた。スポーツには疎かったが、徹さんが残したものを形にできるのならと引き受けた。

 今も言語聴覚士として毎日のように働く一方、クラブの理事長として様々な人に会い、知名度向上などに取り組む。サッカーだけにとらわれず、スポーツを通じて子どもも老人も生き生きと暮らす拠点になればと願う。「(目の前の人が)一番言いたいこと、したいことは何か。そして私にできることは何かと考えるのは、何をやるにも一緒だと思っている」(藤野隆晃)

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