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 人口1200人余りの京都府笠置町。1月中旬のある日の午後、役場に町民から1本の電話が入った。

 「感染者が出たとの情報が広まっている。年代などから感染者探しができる」「町長が話したらしい」

 実際、その日に町で最初の感染者が確認され、役場では中淳志町長(62)らが対策会議を開いていた。府が夕方には、感染者の年代や職業もウェブ上で明らかにしたが、この電話の時点では公表前だった。

 中町長は会議で問われ、「言った」と認めた。府から午前中に感染者のことを知らされ、昼過ぎに出た町民の葬儀で同席した町議3人に感染者の年代や職業を話したという。

 町では、年代によっては個人の特定は難しくない。葬儀が終わる時には出席者の間で「町内に少ない世代だ」との認定とともに情報が広まっていた。町民の1人は「感染者やご家族は迷惑したに違いない」といらだちをみせた。

 中町長は「知らん顔もできないので情報共有のつもりだった。甘かった。ご本人やご家族に迷惑をおかけした」と取材に話した。

     ◇

 感染症の予防や発生時の措置を定めた感染症法は、感染拡大を防ぐための情報は「積極的に公表しなければならない」と定めている。国は、居住する都道府県や発症日、年代、性別を原則公表するとしている。一方、市町村名や職業は自治体の判断次第。中町長が漏らした内容がルール違反というわけではない。

 しかし、同法が定めるもう一つの「個人情報の保護に留意」の考えには反する可能性がある。

 府は原則として感染者の年代、性別、発症日、おおまかな職業、管轄保健所名をウェブ上で公表している。市町村名は、個人が特定されない報道への配慮を前提に明かしている。地域の情報を正しく発信することで混乱を避け、適切な感染予防の行動を個人がとれるようにするためだ。

 ただ、府健康対策課によれば、各自治体や職場などが個別に出す情報と府の情報を照らし合わせると、個人が類推されうる事例もある。逆に、無関係の人から「自分が感染者だと疑われる」と苦情が寄せられたこともあったという。

 府内では感染者やその関係者、医療従事者への差別事案も起きている。昨春、私立大学生らが感染した時は大学が特定され、無関係の学生も中傷される被害を受けた。「どこまで公表するのがいいのか本当に難しい」と府の担当者は言う。

 現在の国の公表の線引きは、致死率が最悪の場合で9割にものぼるエボラ出血熱など、法律上「1類」に分類される激烈な感染症を想定した議論に基づいている。コロナに単純に当てはめていいのか、という声は専門家の間にもある。

 国の専門家会議の分科会で、偏見・差別とプライバシーの問題を検討する作業グループの武藤香織・東京大学医科学研究所教授は、「年代や性別など、生々しい個人情報が本当に感染の蔓延(まんえん)防止に資するのか。コロナに必要な情報を早急に検討し、今後の感染症対策にも生かすべきだ」と話す。(甲斐俊作、権敬淑)