昭和の歌ほだされる金時鐘さん ナマコは冬、に思うこと

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構成・寺下真理加
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 戦前、戦後と人気作曲家であり続けた、古関裕而をモデルにした朝ドラ「エール」が昨年、話題になりました。聴く者を高揚させ、励まし、奮い立たせる。歌が持つ素晴らしさと共に、戦意高揚に加担したという危うさも描いたドラマでした。日本の植民地だった朝鮮で生まれ、古関の曲にも親しんでいたという、詩人の金時鐘(キム・シジョン)さん。日本の抒情歌への複雑な思いを聴きました。

苦い思いと、懐かしさと

 古関裕而といえば、最もよく歌われた代表的軍歌「露営の歌」が耳底で鳴り始めます。いわゆる「皇国少年」だった頃、日本の植民地統治下にあった朝鮮で、意気揚々、歩調をとって行進していた記憶がよみがえってきて、苦い思いに駆られたりもします。情感が揺さぶられて、今でも懐かしさにほだされる自分もあるんですよね。

 広く歌われている「ペチカ」(北原白秋作詞、山田耕筰作曲)にしてもそうです。部屋の壁の内側を暖めるペチカは、日本にはない暖房設備です。日本は満州に侵攻して傀儡(かいらい)政権の国家にまで仕上げました。「ペチカ」はその満州に親しみを持たせる「満州歌謡」の一つとして、満州侵攻を正当化、美化する役割を結果的には担ってもいたのでした。

 朝鮮で成人した私は、情感過多な日本語に浸りきることで私自身を作り上げてきました。日本的情感をもっとも居座らせたのは日本の歌です。童謡、小学校唱歌、ひいては軍歌、戦時歌謡に馴(な)れ親しむことで日本的気質から自然観まで、水が沁(し)むように私を一途な皇国少年に染め上げていきました。つまり植民地は私に、日本の歌としてやってきたのです。

情感を揺さぶり、心をほだす。金時鐘さんが、日本の抒情詩が内包する危うさについて語ります。

 ところが今度は思いもよらな…

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