[PR]

 在日2世だ。父は戦前、祖父と韓国南部・慶尚南道の密陽から13歳で鳥取市にやってきた。2003年から「在日講座」を開き、昨年11月には50回目の節目を迎えた。

 父母ら家族の母語は韓国語だが、自らは高校まで日本名「玉川幸夫」として地元の学校に通い、日本の言葉・文化の中で育った。

 生活は苦しかった。高校卒業後、進学はあきらめ、父とトラックで鉄くずを集めて働いた。株式会社をおこすまで事業は拡大するが、日本名でなければ取引がうまく進まなかった。税金を納めても、その使い道を議論する議員を選ぶことはできない。「まわりの人たちと対等にものを言える」ために、自分たちの声を政治に直接反映させることが必要だと、1994年ごろから、外国人参政権運動に加わった。

 2003年に民団県本部の団長に就任した。あらためて、日本居住の朝鮮人・台湾人の参政権停止(1945年)や、サンフランシスコ平和条約発効時に日本国籍が消滅(52年)といった史実を振り返った。「『在日』は歴史的に構成された存在。いかに自分たちは在日になり、ならされたのか」と始めたのが「在日講座」だ。

 当初は「在日の在日による在日のための講座」として始めた。歴史や時事問題のほか、言語や音楽といった文化や国際交流もとりあげた。在日コリアンの人権活動として始まった講座はいま、国籍にかかわらず地域住民にも門戸を開く。「美しい絵空事かもしれないが、日韓の友好を求め、みんなが地域で平等に生きていくため」に、今後も講座を続けていく。(長崎緑子)

     ◇

 ――在日講座で取り上げたテーマを具体的に教えてください

 植民地支配や慰安婦問題、竹島、ヘイトスピーチ、韓国の民主化、音楽交流など、多岐にわたっています。

 ――竹島問題では、鳥取県と江原道の交流再開に尽力したそうですね

 2007年に江原道庁に単身乗り込んで知事に面会し、「道と県といった地方で民間交流をすることが東アジアの平和につながる。国を越えて、交流を再開しましょう」と伝えた。在日韓国人という立場だからこそ「同胞のよしみ」で面会することができました。

 ――在日講座以外ではどんな活動をされていますか

 07年から10年ほど、外国人への地方参政権付与とヘイトスピーチ撲滅のためのシンポジウムを毎年開きました。鳥取地震(1943年)で発生した泥流に巻き込まれた、朝鮮人労働者らを弔う岩美町の「荒金鉱山犠牲者慰霊祭」も毎年続けています。

 ――今後も在日講座を続けるそうですね

 SNSに多くの言葉が載っては瞬時に忘れ去られていく今の時代、繰り返し、繰り返し、語り続ける必要があるのではないでしょうか。その繰り返しの中で、一人でも多くの友を得たいと思っています。

     ◇

 ソル・ヘンブ 1951年、鳥取市生まれ。82年に在日韓国青年会鳥取県本部会長、2003年に在日本大韓民国民団県地方本部団長に就く。09年に韓国・江原道名誉道民顕彰をうける。18年からは民団県本部常任顧問。

関連ニュース