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 南半球のオーストラリアはいま、夏。まだ明るい午後7時、芝生の広場では四輪駆動車の近くで、炎が上がっている。消防車につないだ長いホースで近づいた2人が、消火を始めた。消防服にヘルメット、酸素マスクもつけた完全防備姿だ。

 シドニー西部、市中心部から西に50キロのリージェントビル地区。「RFS」(地方消防サービス)の略称で知られる地元消防団が、実践さながらの訓練をしていた。この日は車両火災が起きた、という設定だった。

 豪州は、2019年後半から20年前半にかけて、未曽有の森林火災に見舞われた。乾燥した気候で、森に多いユーカリの木の葉は油分を含んで燃えやすい。森林火災は珍しくない土地だが、20年前半までの「昨シーズン」の延焼面積は、日本の国土の6割にあたる2300万ヘクタールに上った。住宅3千戸以上が被害を受け、34人が亡くなった。シドニーが州都のニューサウスウェールズ州では、540万ヘクタール以上が延焼し、過去最悪の規模だった。

拡大する写真・図版シドニー西部、リージェントビル地区の消防団の訓練。毎週火曜日の夜、年間を通じて続けている=2020年12月15日、小暮哲夫撮影

毎週訓練 「筋肉に覚え込ませる」

 そんななか、連日の消火活動を支えていたのは、消防団員たちだ。RFS本部(シドニー)の傘下にある州内の消防団は約2千ある。「日本の消防団員と違って、豪州は無給なんです」とRFS本部で同地区を担当するブライアン・グラハムさん(64)が説明した。日本の消防団員は、報酬や出勤手当が支給されるが、豪州の場合、完全なボランティアなのだ。

 リージェントビル地区消防団の副団長、ダリック・キンリバンさん(46)は「私たちは無給だけれど、プロだ」と静かに自負を見せる。普段の仕事は経営コンサルタントだという。団員は40人で、女性も10人ほどいる。年代は10代後半から60代まで幅広い。

 年間を通じて毎週火曜日の夜、訓練を続ける。火災の現場で安全を確保しながら、消火器類を使う方法を学び、さらには、消火活動全体の戦略策定まで、段階を追ってレベルを上げていく。「実際の火災現場では騒々しく、怖さもあり、いろんなことが起きている。そこでしっかり対応するために、訓練を重ねて、筋肉に覚え込ませていく」

拡大する写真・図版記者が取材に訪れた日、訓練の後は団員たちがクリスマスの早めのお祝いをしていた。年代も普段の仕事も様々だ=2020年12月15日、シドニー西部リージェントビル地区、小暮哲夫撮影

 火災の通報を受けた消防当局は、最寄りの消防団に連絡する。団員らは常時、メッセージアプリでつながっていて、出動可能かどうかをすぐに連絡。現場へ向かう。もちろん、週末や深夜や早朝の別はない。昨シーズンは、週に何度も出動しなければならない時期もあったという。実際の現場を踏むことが多いのも、豪州の消防団の特徴だ。

 キンリバンさんが消防団に加わったのは1997年。「職場以外の人たちに会いたくて。無給の方がいいと思っている。消火活動でだれかの財産を守れば、泣きながら『ありがとう』と言ってもらえる。これはお金には代えがたい」

 同州の消防団の歴史は、1896年にさかのぼる。親から子、孫へと代々、消防団員、といったケースも珍しくないという。キリンバンさんの息子のブラッドさん(22)も高校を卒業した4年前に加わった。「団員だった父を見て育ったのが大きな理由。待ちきれないくらいだった」

犠牲になった消防団員たち

 シドニー中心部から南西に100キロ近い町、バクストン。広々とした公園の一角に真新しい子どもたちの遊び場がある。消防車の形をした滑り台が目を引く。

拡大する写真・図版消火活動中に亡くなった消防団のジェフェリー・キートンさん(上)とアンドリュー・オドワイヤーさん。ともに1歳半の小さな子どもを残しての死だった=ニューサウスウェールズ州RFSのツイッターから

 手前には、ヘルメットとブーツのオブジェ。後ろにある碑には、こう記されている。「2人を追悼するために。家族が訪れ、地域社会を守るために最大の犠牲を払った愛する者に、思いをはせる場所にもなるように」

 19年12月、近くの森林に消…

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