ミャンマー軍トップは何者か 定年5カ月前のクーデター

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バンコク=福山亜希、貝瀬秋彦
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ミャンマー政変 クーデター再び:上

ミャンマーで国軍によるクーデターが起き、民主的な政権が覆されました。背景と今後の展望を探る連載を上下の2回で伝えます。初回は、国軍とそのトップの実像に迫ります。

 「国軍は決して民主的なやり方から逸脱しない。進行中のプロジェクトは止めない。今の国の政策を守っていく」。ミンアウンフライン国軍最高司令官(64)は3日、経済界代表らとの会合でこう語りかけた。

 ミャンマーでは1日、国軍がクーデターを起こし、アウンサンスーチー国家顧問(75)が率いていた国民民主連盟(NLD)の政権を覆した。ミンアウンフライン氏の発言には、経済界に広がる不安を打ち消したい思いがにじんだ。

 国軍はクーデター当日の1日夜、新閣僚の一部を発表。翌日にはミンアウンフライン氏をトップとする「連邦行政評議会」を立ち上げ、矢継ぎ早に統治体制の整備を進めた。行政評議会や閣僚の中心は国軍出身者だが、民政移管後に軍出身のテインセイン氏が率いた政権の閣僚経験者らを起用し、実務の安定も図った。

 2日の閣僚らとの会合でミンアウンフライン氏は、NLDが圧勝した昨年11月の総選挙に不正があったとして、クーデターは「避けられなかった」と改めて正当化。総選挙がやり直されるまで、国軍が国の安定のために新型コロナウイルスや経済対策などの課題に取り組むと強調した。

「カリスマ」スーチー氏の不在 後継者なき民主化への道

連載「ミャンマー政変、クーデター再び」(下)はこちらです。

募らせた不満

 このクーデターの指揮を執り、国家権力のすべてを掌握したミンアウンフライン氏とは何者なのか。

 1956年7月、公務員の家庭に生まれ、ヤンゴン大学で法律を学んだ。その後、国軍士官学校に進んだが、「ごく普通で静かな学生」だったという。国軍入隊後も、特に出世が早かったわけではない。ただ、文章を読んだり物事を理解したりするのは早く、管理能力にもたけていたという。

 頭角を現すのは、2000年…

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