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 太平洋戦争後、5歳の頃に米兵の養女となって海を渡った女性が66年ぶりに来日し、母親の足跡を訪ね歩いた。その様子を記録したドキュメンタリー映画が、世界各国で受賞を重ねている。制作した大学教授は日本全国での映画館公開を目指し、資金を募っている。

 主人公の女性は米テキサス州に住むバーバラ・マウントキャッスルさん(73)。神奈川県横須賀市で日本人の母と米国人の父親との間に生まれ、元々の名前は木川洋子だった。母子家庭で育ち、生活困窮のため1953年に国際養子縁組で米国に渡った。「母親とは一緒に人形劇を見たりした、楽しい思い出しか残っていない」と話す。

 5歳でアメリカの地を踏み、言葉も通じず、時には虐待を受けながら必死で生き抜いてきた。バーバラさんは「唯一、母との思い出だけが、人生で生き残るための心のよりどころでした」と振り返る。

 結婚し4人の子どもに恵まれたが、顔を忘れてしまった実母への思いは募るばかりだった。「お母さんに会いたい」。2018年、高齢となったバーバラさんの願いをかなえようと、子どもたちが母親のルーツについて調べ始めた。

 「木川信子という女性を知りませんか?」。バーバラさんの長女が木川という名前の日本人をネットで検索し、たまたま見つけた木川剛志(つよし)・和歌山大観光学部教授(44)にSNSでメッセージを送った。

 都市計画の研究者で、観光映像にも造詣(ぞうけい)が深い木川教授は「全く心当たりがなかった」というが、苦難に満ちたバーバラさんの半生を知り、母親の信子さん探しに協力することにした。

 度重なる調査で信子さんは亡くなっていたことが判明したが、生前の足取り解明や関係者探しに奔走。19年10月、バーバラさんを日本に招き、渡米前に母親と暮らしていた家や、その後預けられた児童養護施設などを訪問。生前の母を知る人らとの交流会も実現させた。

 来日の様子を木川教授が記録したドキュメンタリー映画「Yokosuka1953」(54分)は、アイスランドとアメリカの国際映画祭で最優秀長編ドキュメンタリー賞を受賞するなど、世界で高い評価を受けている。

 木川教授は、戦後混乱期の時代背景などを掘り下げた100分超の長編バージョンを準備中で、全国での映画館公開を目指してクラウドファンディングで資金の一部を募っている。「親や祖父母世代の『語られなかった戦後史』を知り、苦難の時代を生きた彼女らの人生に寄り添うきっかけになれば」と話す。

 バーバラさんは、長編映画化の動きについて「今も私の人生の物語に興味を持ち続け、取り組んでくれていることはとても光栄です。私が日本に滞在し感じたことを多くの人に伝えてほしい」とメッセージを寄せている。

 目標額は150万円で制作費などに充てる。朝日新聞社のクラウドファンディングサイト「A―port」(https://a-port.asahi.com/projects/yokosuka1953_movie/別ウインドウで開きます)で2月末まで受け付けている。1口1千~10万円で、寄付額に応じて作品のエンドロールに氏名を掲載するなどの返礼がある。(白木琢歩)