南三陸に通い続ける長谷部誠選手 痛感した一瞬の大切さ

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聞き手・構成 忠鉢信一

拡大する写真・図版東日本大震災を語る 長谷部誠さん

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 東日本大震災後、やがて「スポーツの力」が叫ばれ、東京五輪パラリンピックは復興を旗印に招致された。スポーツ選手の中にも、被災地と向き合い続ける人がいる。宮城県南三陸町などで復興支援に携わるサッカーの長谷部誠ドイツ・フランクフルト)に、社会貢献を続ける思いを聞いた。

 南三陸町へ行くと、まず海を見に行く。東日本大震災で津波に流され、まだ見つかっていない方が、この海で休んでいらっしゃるということを想像する。

 子どもの頃、世界には厳しい生活をしている子どもたちがたくさんいることを学校などで知って、仕事をしてお金を稼ぐようになったら、手助けをしたいと漠然と思っていた。

 2007年からは個人的にユニセフの募金を始めて、そこからのつながりで、東日本大震災では、約1週間後に発売を控えていた著書「心を整える。勝利をたぐり寄せるための56の習慣」の僕の印税を、被災者のために使ってもらう考えが浮かんだ。

【特集】東日本大震災を語る

東日本大震災から3月11日で10年となります。被災地の復興や支援、福島第1原発事故への対応など、様々な分野で思いを寄せる人たちにインタビューしました。 震災の経験は私たちに何を残したのでしょうか。

 具体的な使い道の一つに、津波で被災した南三陸町のあさひ幼稚園の園舎の再建があった。僕の本を買ってくださった方の中には、寄付を理由に購入された方もいたと思う。日本中の思いがあさひ幼稚園という形になった。お金では買えない、熱いものをいただいたと思っている。コロナ禍で帰国できなかった昨夏を除いて、毎年オフには足を運び続けてきた。

 この活動を通じて僕自身、いろんなことを考えさせられた。

 たとえば、周りの人にどうい…

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東日本大震災を語る

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