9人悼む9回の鐘 えひめ丸事故20年、宇和島で追悼式

藤家秀一 寺田実穂子
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 2001年2月にハワイのホノルル沖で起きた痛ましい事故から20年。沈没した実習船えひめ丸のふるさとの愛媛県宇和島水産高校宇和島市明倫町1丁目)では、追悼式典が営まれた。遺族や在校生ら265人がマスク姿で慰霊碑に白菊を手向け、犠牲になった9人を悼んだ。

 朝から快晴となった宇和島市中心部。暖かい日差しが降り注ぐ中、式典は午前8時40分に始まった。事故が起きた午前8時43分、二神弘明教頭が、海に沈んだえひめ丸から引き揚げた鐘を犠牲者の数と同じ9回鳴らした。その後1分間、遺族や全校生徒、教職員らが黙禱(もくとう)した。

 あいさつに立った武智誠治校長は「当時の資料や書籍を見るたびに今でも怒りがこみ上げてきます」と話し、「今の高校生にとっては、生まれる前の遠いものかもしれません。しかし、本校にはこのようにつらく悲しい出来事があったということを忘れず、人の命の尊さや日常生活の安全・安心、世界の平和がいかに大切であるかを考える機会にしてほしい」と呼びかけた。

 式典の最後に、遺族や県教育委員会の田所竜二教育長らが慰霊碑に献花。在校生も順番に白菊を手向け、犠牲者をしのんだ。2年の福本尚健(しょうけん)さん(17)は「20年前に亡くなった9人のことを思って花を置きました。全国の人にえひめ丸事故を知ってもらい、後輩にも引き継いでもらいたい。事故の原因が潜水艦の確認不足だったと聞き、怒りを覚えた。海の安全のためにルールを守ることが大事だと思う」と話した。

 NPO法人アイムえひめ(松山市)の理事長、菅紀子さん(61)は、県内外の約100人から募った約150の追悼の短歌や俳句を献花台に供えた。「事故を忘れていないですよという思いを伝えたかった」。毎年ハワイの慰霊式に参加してきたが、今年はコロナ禍で渡米できなかった。「20年は一つの通過点。これからも事故の追悼にずっと参加し続けるつもりです」

 宇和島市の岡原文彰市長は「今後も悲しい事故の記憶を決して風化させず、ホノルル市とのご縁を引き継いでいくことが責務だと確信している」などとするコメントを発表した。(藤家秀一 寺田実穂子)

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