「ギャルママ」と居酒屋店主 コロナ禍、選挙に挑んだら

森岡航平、中村瞬 寺沢尚晃
[PR]

 新型コロナウイルスの感染が広がる中、群馬県内で今年に入って実施された伊勢崎市長選と前橋市議選。それぞれの選挙で当選を目指したニューフェースたちの背中を押したのは、コロナ禍だった。

     ◇

 二重のつけまつげ、派手な金髪、ホットパンツ。10年ほど前までそんな「ギャルファッション」だった4児のママ、栗原真耶さん(36)。ピンクのジャンパーとたすき姿で、群馬県伊勢崎市長選に挑んだ。

 出身は埼玉県北西部の皆野町。クラブで出会った会社員の夫(36)との結婚を機に伊勢崎で暮らし始めた。23歳で第1子を出産。派手な見た目のせいか、なかなか「ママ友」はできなかった。でも、好きな服装やメイクは変えたくなかった。孤独感を深め、子どもに当たったこともあった。

 仲間を探そうとインターネットのコミュニティーサイトを開いた。自己嫌悪に陥っていた心境を書き込むと、同じ悩みを抱える母親たちがいた。そんな仲間たちと2010年に子育てサークル「d☆i☆a(ダイア)」をつくった。定期的なランチ会や、パパたちも巻き込んだバーベキュー。ようやく本音を話せる場ができた。

 そんな「ギャルママ」たちの輪を広げようと、スポーツイベントなどを次々開催。12年から年1回開いた「子育てフェス」は最大5千人が参加するまでに発展した。子育て関連の企業が出展し、写真撮影や試供品などのサービスを提供。子どものファッションショーも人気だった。

 子育てサークルの活動に「やりきった」と思い始めたころ、知人から市議会議員の選挙があると聞いた。

 政治には興味がなく、市議がどんな仕事をするのかも知らない。ただ、「なんかみんなで街をつくっていくらしいよ」と聞いて興味が湧いた。17年の補欠選挙で初当選。19年には4人目の子どもを出産し、子育てと両立しながら2期目に入っていた。

 市長選出馬を決意させたのは、新型コロナだった。「市の対応が遅い」「子育て世帯への支援が少ない」。そんな不満や不安をよく聞くようになった昨年9月。「市民がここまで市政を考えたことはなかった。先頭に立って、みんなの思いを形にしたい」。所属していた保守系会派の同僚市議からは「まだダメ」などと言われたが、「誰が相手でも戦う」と揺るがなかった。

 当時の現職の無投票当選が続き、12年ぶりとなった選挙戦。新顔3人の争いで、栗原さんは市の情報発信強化や子育て支援の充実などを訴えた。子育てサークル時代からの仲間のママたちが活動を支えてくれた。

 1月17日投開票の市長選の得票は1万6331票で次点。当選した前県議の臂(ひじ)泰雄さん(68)は3万1491票。自民党公明党、地元の商工団体などもついた臂さんに倍近く離された。投票率は過去最低の30・35%。「市民に興味を持ってもらえなかった。相手の組織ではなく、無関心に負けた」

 でも、「何十年ぶりかに選挙に行った」「政治を身近に感じた」といった声を街頭やSNSで受け取った。「何かが変わったかも」という手応えも感じた。「みんなの笑顔を見るために活動するのが好き。そのためにどうすればいいか。これからがスタートです」(森岡航平、中村瞬)

     ◇

 昨年暮れのある夜。前橋市住吉町2丁目で経営する居酒屋「アンドレカンドレ」。同世代の常連客を相手に、稲井智史さん(38)が市議選出馬を表明した。

 「来年前橋のデカいフェス出るべ」

 「何、フェスって」

 「市議選だんべ」

 「選挙ってもうすぐだぞ」「準備したのか」と問われ「みんなでやろう」と声をかけた。選挙スタッフはその場で決まった。

 市議なんて「年4回会議に出て、あとは自由。あとは何をしてるか分からない人」くらいしか思わなかったが、高校時代に生徒会長を務めたこともあり、立候補を漠然と考えたことはあった。そんな中で決意させたのは、コロナ禍だった。

 飲食業界は軒並み厳しさを増している。仲間の店も閉めるかも知れない。自分もどうなるか。現職市議に飲食店経営者はいない。

 「これから仲間たちは、前橋はどうなるのか。議員になって訴えるしかない」

 みんなに宣言する前に、こっそり昨年12月21日に行われた立候補予定者説明会に出席し、焦った。

 「予定者じゃない、みんな立候補する人だ」

 告示まで1カ月あまり。年末年始も挟み、時間はなかった。年が明けて1月12日、前橋市も酒類を提供する飲食店は時短営業の対象になっていた。

 選挙は知らないことだらけ。掲示場のポスターは「市の職員が貼ってくれるもんだと思ってた」。陣営の作業と聞き、仲間が仲間を呼んで700カ所を貼りきった。ビラに記載する「討議資料」の意味。選挙カーの看板の大きさ……。知り合いの現職にどうやればいいか聞いたが、「選挙戦は十人十色。当選すればそれが正解」と言われた。

 47人が立候補を届け出た1月31日の告示後、日に日に楽しくなった。朝は大通りに立ち、行き交う車に手を振る。午前中は選挙カーで市内を巡った。午後は自転車を連ねて遠出した。「手伝いたい」と言ってくれる仲間も次々。最初は2~3台だった自転車部隊は選挙戦最終日には十数台を連ねた。店や自宅周辺の地域以外にも、他候補の地盤を示した地図を見ながら「空白エリア」を重点的に回る作戦も続けた。

 7日の投開票日。開票は事務所で見守った。得票は1540票。定数38で、38人目の当選者と237票差の40位。目を真っ赤にして仲間と握手した。「楽しかった。ふと思い立った自分が、ここまでできた」。選挙や政治が実は身近だと、仲間と実感した。「当選すればもっとよかったけど」

 開票翌日の8日朝。仲間と国道17号の交差点に立ち、車に手を振った。その夜、店を開けると常連が集まり、「頑張ったね」「惜しかったな」と声を掛けてくれた。4年後、出るかは分からない。「だけど、この4年間は議員の働きをじっくり見たい」。走り切った今の思いだ。(寺沢尚晃)