「進撃の巨人」作者の隣町にも巨人 待ち受ける壮大な話

西部報道センター・真野啓太
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 4月に完結すると発表されているマンガ「進撃の巨人」の作者・諫山創(はじめ)さんの故郷の近くに、巨人が村人を救ったという伝説が残る町があります。しかもその巨人は「進撃の巨人」に登場する巨人よりも、数倍大きかったとか。九州各地の巨人伝説を追っている記者が、現地で成り立ちを探ると、壮大なエンディングにたどりつきました。

 諫山さんは大分県の内陸部、日田市の出身。伝説の舞台は、その隣にある玖珠(くす)町。ここに、木こりの巨人の働きでできたと語り継がれる山があります。

 盆地からぽっこり飛び出した、その名も「伐株山(きりかぶさん)」。ふもとからの高さが約350メートルの山は、かつては高さ1万メートルのクスノキだった、と伝わっています。

 町の語り部、秋好民子さん(77)に話を聞くと、「伐株山」と題された紙芝居を見せてくれました。紙芝居は、こう始まります。

 〈むかし、玖珠盆地の真ん中に、天まで届く、なんでも8万年もたつという大きなクスノキが立っていました〉

 木が巨大な陰をつくるため、ふもとの村は年中、日照不足だったそう。米や野菜が育たず、村人は病気がち。困っていたところ、巨人が通りかかり、村人と協力して木を切り倒す、というあらすじです。

 驚くのは、巨人のサイズ。身の丈は900尺(約270メートル)と伝わっています。これは、「進撃の巨人」の作中で恐れられている「超大型巨人」の4.5倍にもなります。

 なぜこのような巨人の伝説が生まれたのでしょうか。地元の人の話を総合すると、先祖が山の形を見て、想像力をふくらませたのだろうと考えているようです。

 伐株山の民話は、木が倒れて終わりではありません。秋好さんの語りは、こう続きます。

 〈たおれたクスノキの大木が川の水をせきとめて、川下のほうが干(ひ)てしまったので「日田(ひた)」。鳥の巣が落ちたところが「鳥栖(とす)」。クスノキが大きいといっても、「ここまでは来るめえ」と言ったのに、来たところが「久留米(くるめ)」。大きな葉っぱの形がついたところが「博多(はかた)」、木の長い先っぽが届いたところが「長崎(ながさき)」〉

 大分の日田、佐賀の鳥栖、福岡の久留米と博多、そして長崎といった九州の有名な地名は、実はこの地にあったクスノキに由来するといいます。まるで「九州創造神話」のようなオチになっていました。(西部報道センター・真野啓太)