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東日本大震災発生後間もなく、上皇ご夫妻は被災した7都県を連続して訪れた。被災地訪問にはどんな思いが込められていたのか。当時、宮内庁長官だった羽毛田信吾さんに聞いた。

――2011年の東日本大震災発生時に天皇だった上皇明仁さまは、皇后だった上皇后美智子さまとともに3月末から5月にかけて7週連続で被災者を見舞いました。

 震災発生直後から「できるだけ早く見舞いたい」との気持ちを示されていました。同時に「いまだ行方不明の人も多く、救援や復旧活動のため苦労している関係者の支障になることは避けなければならない」ともお考えでした。

【特集】東日本大震災を語る
東日本大震災から3月11日で10年となります。被災地の復興や支援、福島第1原発事故への対応など、様々な分野で思いを寄せる人たちにインタビューしました。

――訪問は東京や埼玉から始まり、千葉、茨城、宮城、岩手、福島の被災地へそれぞれ日帰りする厳しい日程でした。

 私たちは、まず被害の大きな東北地方を訪れることを考えました。しかし皇后陛下(当時)が「首都圏を先行させてもよいのでは」と提案され、東京や埼玉を先に訪れることになった。「被害の大きいところを先にしようとしても、しばらく待つことになる。規模が小さくても、被害に遭った一人ひとりの苦しみは変わらない」とのお考えからでした。

――東北3県での被害が巨大すぎて、千葉や茨城など関東地方の被害が注目を集めにくい状況がありました。

 忘れられた被害がないかとたえず気にされていました。たとえば東日本大震災翌日の11年3月12日に発生した長野県北部地震で被害を受けた長野県栄村には、11年暮れにも訪問の予定でした。天皇陛下(当時)が体調を崩されて延期したため、残された宿題のようになり、翌12年7月に訪問が実現するまで、ずっと気にとめておられました。

――上皇さまは12年2月、心臓の冠動脈バイパス手術を受けました。じつは10年秋にすでに発作があり、震災1カ月前の11年2月に冠動脈に異状がみつかって手術も検討された。しかし「薬で抑えながら様子を見る」として手術が見送られていたことが、震災後に明らかになりました。

 手術を震災の直前に受けていた…

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