• アピタル

アルツハイマー治療薬「アデュカヌマブ」承認されるか

ノンフィクション作家・下山進
[PR]

 「アデュカヌマブ」というアルツハイマー病の薬が、日米欧で昨年12月までに承認申請されました。承認されれば、アルツハイマー病の病気の進行そのものに介入する初の薬となります。人類のこの病気に対する戦いの歴史をグローバルに描いた「アルツハイマー征服」(https://cutt.ly/HkHI1N4別ウインドウで開きます)の著者であるノンフィクション作家の下山進さんが、解説します。

「アリセプト」とは根本的に違う

 認知症の6割から7割をしめるアルツハイマー病。そのアルツハイマー病にはこれまで対症療法薬しかありませんでした。日本でも1999年に認可された「アリセプト」がその右代表です。エーザイが販売しているこの薬は、病気の進行そのものをとめるものではありません。その症状を緩和する働きのもので、それも8カ月から2年の間しか効きません。

 しかし、今回承認申請がなされた「アデュカヌマブ」は病気の進行そのものに直接介入する働きをねらってつくられた根本治療薬(疾患修飾薬)です。そのことを理解するために、現在までにわかっているアルツハイマー病の進行について説明しましょう。

 アルツハイマー病は、最初にアミロイドベータというたんぱく質が脳内にたまっていきます。それがやがてベータシート構造状のアミロイド斑になり、神経細胞外に沈着していきます。これが老人斑と言われるものです。ついで神経細胞内に糸くずが固まったような神経原線維変化が現れます。そうすると神経細胞が死に脱落していきます。そこで初めて認知の面での症状が出てくるわけです。

 これら一連の動きが、ドミノを倒すようにして、進行していくのがアルツハイマー病です。「アリセプト」はすでに神経細胞が脱落している段階で、残った神経細胞のつながりをよくすることで、症状面での一定の緩和を図るものです。しかし、神経細胞死そのものを止めるわけではありませんから、やがて効かなくなるわけです。

ドミノの最初の一枚を抜く

 「アデュカヌマブ」は、ドミノ倒しのドミノの最初の一枚を抜くことで進行をとめようという薬です。

 もともと、アメリカの西海岸の医療ベンチャーにいたデール・シェンクという天才的な科学者の奇想天外なアイデアからその開発は始まりました。

 チェス好きの科学者シェンクは、1990年代のある日、アルツハイマー病の研究の盤面に誰もが思い描いたことのないような光る駒筋をみつけます。それは、ワクチンによってアルツハイマー病を治すというアイデアです。

 弱毒化した病原体を人体にいれるとそれに対する抗体ができて、次に病原体が侵入したときにその抗体がくっつくことで無力化する。シェンクは、アルツハイマー病もその文脈で考えれば治せるのではないかと考えたのです。すなわち、アミロイドベータそのものを人体に注射すれば、抗体を生じて、アミロイド斑すなわち老人斑を分解するのではないか、ということでした。

 アルツハイマー病の症状を呈するようになるトランスジェニック・マウス(遺伝子改変マウス)に、アミロイドベータを注射すると、1年たっても、アミロイド斑は生じず、それどころか、アミロイド斑がすでに生じてしまったマウスに注射をすると、アミロイド斑はきれいさっぱり消えてしまいました。

 そのことを1999年7月のネイチャーに発表すると、世界の研究現場は興奮の渦にまきこまれました。アルツハイマー病は治る病気になるかもしれない。しかも非常に近い将来に……。

 私が取材を始めたのが、2002年ですからまだ現場にはそうした熱気があった時代でした。ところが、このワクチンAN1792は、フェーズ2で深刻な副作用を出してしまいます。急性髄膜脳炎を生じ重篤な状態になる患者が続出したことで、治験は中止になります。

失敗した治験から生まれた新薬

 「アデュカヌマブ」はこの「AN1792」というワクチンの失敗から生まれた薬です。米国と欧州の各病院で治験は行われましたが、そのうちのひとつにスイスのチューリヒ大学の付属病院がありました。この病院では30人の患者が「AN1792」の治験に参加しましたが、治験を中止したあとも、ロジャー・ニッチとクリストフ・ホックという2人の医者は一年以上にわたって患者の経過観察を行ったのです。

 ワクチンを注射された患者30人のうち20人が抗体を生じていましたが、抗体を生じなかった残りの10人のなかに、急性髄膜脳炎を発症した患者がいたことがわかりました。

 これは、ワクチンによって生じた抗体が原因で脳炎が起こったのではないということを意味していました。

 さらに重要だったのは、抗体を生じなかった10人はその後の1年間で認知機能の検査で下降を続けたのに対して、抗体を生じた20人は、認知機能の衰えがほとんど進まなかったことでした。

 ここから、ワクチンではなく、抗体そのものを投与するという考えにつながっていくのです。

 ロジャー・ニッチとクリストフ・ホックは、アルツハイマー病になりにくい人の血漿(けっしょう)から、その人がもっている「自然抗体」を探し出します。その発見が、2006年の12月。

 その「自然抗体」は「アデュカヌマブ」と名付けられ、ボストンの対岸ケンブリッジに本拠をおく製薬会社のバイオジェンが開発の権利を買い取りました。

 2015年3月にはフェーズ2で、それまでの治験薬の中で、初めて認知の面での効果をクリアします。フェーズ3はエーザイも開発に参加し、1500人規模の治験を二つ行いました。

 この二つの治験の結果をもとに、米食品医薬品局(FDA)に承認申請をしたのが、昨年の7月ということになります。

「アデュカヌマブ」は承認されるか?

 この「アデュカヌマブ」が承認されるかどうかをめぐっては二転三転しています。その理由は二つの治験結果が互いに矛盾する結果になっているからです。一方は、認知の面での評価項目を全て達成しているのに対して、他方はプラセボ(偽薬)群より、投与されたある群のほうが悪くなっているのです。

 FDAは、当初結果を3月7日までに発表するとしていましたが、これを3カ月延長することを1月29日にバイオジェンに通告してきました。新たなデータの提供をバイオジェンは求められたとも発表しています。

 この追加データとはおそらく、治験が終わったあと、2020年8月から始まっているオープンラベルの10ミリグラム投与の24週データだと私は推測しています。治験に参加した3千人余のうち2千人が、プラセボ群のないオープンラベルの投与を希望し、それをバイオジェンは第3の治験として続行している。その途中経過をFDAに出したのではないかと思われます。

 日本では、米国での承認後の準備がすでに始まっています。どのようにして投与をうける患者をスクリーニングし、投与量と期間をどうするのか、そして保険の適用範囲をどうするのか、ということを承認申請の検討とともに始めているのです。

仮に承認されれば、どうなるのか?

 現在アルツハイマー型認知症の患者をかかえている家族のかたは、承認後どのような形でこの薬が投与されるのか気になるところでしょう。

 今回「アデュカヌマブ」の治験はMCI(軽度認知障害)と軽症アルツハイマー病の初期2段階の患者をスクリーニングして投与しました。したがって、まずその範疇(はんちゅう)におさまる患者がその投与をうける候補となるでしょう。すでに症状が進んでしまった患者の場合は、対象にはならないと思われます。

 この患者をスクリーニングするためには、脳内のアミロイドの量を図るPET(陽電子放射断層撮影)が必要なのですが、全員にそれをやっていては費用がばか高くなってしまうので、今各社がそれ以前に血液のマーカーでスクリーニングする方法を開発し、承認申請をしているところで、一部が昨年12月までに承認をうけています。(ノンフィクション作家・下山進)