10年前に奪われた家族、今度は守る 教訓は生かされた

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 13日夜に東北地方を襲った地震は、10年前の「3・11」の記憶を人々によみがえらせた。

 震度6強を観測した福島県新地町。一人暮らしの女性(68)は、東日本大震災からの「教訓」を強調する。

 2011年の震災時は経験したことのない揺れに焦り、周りの住人に声かけをしないまま高台に逃げた。「あの時みんなで協力できたら、っていう心残りはあった」。今回は、近くのアパートに住む高齢夫婦らと「津波は大丈夫だって」「いつでも逃げられるように着替えておいて」などと呼びかけあった。津波は来なかったが、車に防寒具を積んでいつでも避難できる態勢を整えた。中には高台まで避難した人もいたという。

 10年前、海の状況を見に行った兄を津波で亡くした。「『絶対安心』ってことはない。日頃からの準備が命を守る」。数日分の食料をそろえ、1階が浸水した時に備えてストーブや貴重品を2階に置いていた。「一つ一つの震災から学んで、小さな備えをしていかないといけない。それが生きている人にできる唯一のことだから」

 震災の津波が襲った場所で自宅を再建した同県南相馬市の農業上野敬幸さん(48)は13日夜、1階で寝ているときに地震を感じた。妻貴保さん(44)と震災後に生まれた次女の倖吏生(さりい)さん(9)がいる2階へ、壁に体をぶつけながら駆けつけた。あらかじめ決めていた約2キロ内陸にあるスーパーの駐車場に、2人を車で避難させた。

 8歳の長女と3歳の長男、両親を津波に奪われた。当時、職場から自宅に戻って家族の無事を確認し、救助活動に出た上野さんは「家族を守れなかった」と悔やみ続ける。今回の地震では「まずは家族の命を守ることを最優先した」。本棚や食器棚が倒れた複数の家の様子をニュースで目にし、「家具の下敷きになって命を落とすこともある。10年前の教訓が残っていないのかともどかしさを感じた」とも話す。「日頃の備えの大事さを分かってほしい。自分と同じような思いをする人が出てほしくない」

「また津波来る」 即座に動いた夫婦

 同県相馬市の海沿いで一人暮…

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