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 群馬県桐生市生まれ、神奈川県横須賀市育ちの写真家石内都(みやこ)さん(73)が、桐生の繊維関係者と連携し、「メイド・イン・桐生」のスカジャンづくりに取り組んでいる。戦後、横須賀に駐留した米兵が上着に竜や虎など和柄の刺繡(ししゅう)を職人に入れてもらったのが始まりとされる横須賀ジャンパー、略して「スカジャン」。実は、織物の街、桐生と深いつながりがある。

 石内さんは、広島の被爆者が身につけていた洋服などを撮影した写真集「ひろしま」などで世界的に知られる。写真家として世に出たのは、6歳から19歳まで暮らした横須賀の街を切り取った「絶唱、横須賀ストーリー」だった。3年前、桐生にアトリエを構え、路地など桐生の街を撮っている。

 「ちょっと不良が着るもの」。背中に大きな刺繡が入ったスカジャンにはそんな思いを抱いていたが、「嫌いじゃなかった」。だが桐生と関係があるとは思ってもいなかった。

 桐生で、スカジャン製造に携わり歴史などを調べている「桐生ジャンパー研究所」の松平博政さん(45)と知り合った。繊維関係者の倉庫から年代物のスカジャンが見つかるなど、古くから桐生でスカジャンが作られてきたことを知る。そして今でも生地から刺繡まで一貫してスカジャンが作れる。

 写真展のオープニングに和装で臨む石内さんは、着物や帯をたくさん持っている。丸帯をコートに仕立て直そうと考えていた時、松平さんから「ビンテージのスカジャンには着物や帯で作ったものがある」と聞いた。

 同研究所を通じて昨年、丸帯をスカジャンに仕立て直した。鶴などが描かれた織物の帯は、きらびやかで上品で豪華なスカジャンに仕上がった。背中に「KIRYU 2020」と刺繡した。帯から3点のスカジャンが完成し、今、着物の生地で2点のスカジャンに仕立て直している。

 不思議な縁を感じる。石内さんは約20年前、写真集「爪」を出版した記念に、横須賀市の「ドブ板通り商店街」の「大将ミシンししゅう店」を訪れ、Tシャツの袖に「爪」と刺繡してもらった。

 店主の山崎正寿さん(故人)は桐生出身。ミシンの針を横に動かして刺繡する「横振り刺繡」の技術を身につけて横須賀に出たという。米軍基地で働き、商店街に店を出した。米兵から「アドミラル(大将)」と呼ばれた。同商店街振興組合が18年2月に「スカジャン発祥の地」を宣言した時、長年製作に携わった山崎さんに感謝状が贈られた。

 石内さんが暮らした米軍基地の街と織物の街がスカジャンでつながった。「桐生には底力がある。スカジャンの技術が残っているのだから、伝えないのはもったいない。未来のため、メイド・イン・桐生のスカジャンを作りたい」

 光沢のあるレーヨンサテンの生地、袖口などのリブ、縫製、横振り刺繡。すべて桐生の業者で対応できる。「桐生ジャンパー研究所」はホームページ(http://kiryujumperlab.com/別ウインドウで開きます)を3月末までにリニューアルし、注文を受けられるようにするという。

 松平さんは「世界的なアーティストと仕事ができるのはすばらしい経験。桐生とスカジャンの歴史を伝え、技術を残していきたい」。オーダーメイドの一点ものや限定生産のスカジャンの商品化を目指す。(柳沼広幸)

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