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東海の防災を考える

 「先生、どうにか身元の手がかりを見つけられないでしょうか」

 人骨が入った袋から、下あごの骨を取り出した警察官が言った。だだっ広い木工所跡。ほかの人に見られないよう、間仕切り用に積み上げた空のひつぎに囲まれた空間には、ひんやりとした空気がただよっていた。

 2011年5月2日。三重県伊勢市の歯科医、熊谷渉さん(54)は津波に襲われた岩手県の沿岸部、釜石市にいた。

 東日本大震災で犠牲になった人たちの遺体や骨から、歯型を正確に記録するためだ。甚大な被害を受けた被災地では、歯科医が足らない。警察庁からの要請で、三重県歯科医師会の一員として現地に赴いた。

 遺体の大半は、顔の特徴や着衣、所持品などから身元が特定できる。それでもわからない場合、重要な役割を果たすのが歯型だ。東日本大震災の被災地では、水死や焼死で損傷が激しく、歯型に頼らざるを得ない遺体が1割ほどあったという。

 熊谷さんは、歯を一本ずつきれいに拭き取り、親知らずを含めて上下あわせて32本ある歯の並び方、治療痕をつぶさに記録。差し歯や入れ歯がないか、八重歯があるかなど、さまざまな視点から歯の情報を詳細に記録する「デンタルチャート」をつくっていった。このチャートが地元の歯科医院などに残るカルテの情報と合致すれば、身元特定につながる。ただ、被災地では医院そのものが津波で流されて、カルテがなくなってしまったケースもあった。

 内陸にある盛岡市を拠点に、5月初旬に4日間、片道2時間余りかけ、釜石市のほか、宮古市と大槌町にも出かけて歯型を記録する作業にあたった。その間、20人の遺体を担当した。

 作業場所の近くに、身元が判明した遺体の安置所もあった。残された家族のすすり泣きや、「見つかってよかったね」という声が漏れ聞こえてきた。

 「安置所を訪れた人が、『遺族』になる瞬間も目にしました。ただ、私たちの作業は、ご遺体一体一体の背景に思いを巡らせて感情移入していたら、とてもできません。感情を消して、少しでも正確に歯の所見を取ることで、ご遺体を家族のもとへかえせるようにと考えていました。それが何よりのとむらいですし、残された人たちの心に一つの区切りをつけてあげられることにもなります」

 20~30代とみられる亡きがらもあった。「まだ若いと、治療痕がなく、きれいな歯の場合があるんです。私にも子どもがいます。若いご遺体は、親の立場を思い出して、つらさが増しました。歯を記録しながら『災害がなければ、もっと違う人生があったやろうな』って」

 「海なんかきらいダ~」「今までありがとう ぼくの家」。そんな言葉が書かれた建物の壁、あちこちに広がるさら地、警察署に突っ込んだままの船――。生で見た異様な被災地の光景は、いまも忘れられないという。

 「自然の脅威に、ひとの無力さを感じました。特に津波に対しては逃げるしかない。いつもの安全確認や備え、避難訓練が大事だなと強く思いました」と熊谷さんは振り返る。

 三重県に戻った熊谷さんは、人手が足らなかった被災地の教訓から、遺体の歯型を正確に記録できる人材の育成に力を入れている。

 事件事故などで亡くなった人の身元がわからない場合も、警察から歯科医に依頼がくることがあり、全国で警察歯科医会が組織されている。三重県の警察歯科医会には43人が登録している。しかし、依頼は県全体で月数件あるかどうか。歯型記録の経験が少ない人もいるのが現状だ。

 熊谷さんらは、県警や自治体との防災訓練などで、若手歯科医らの研修を重ねている。東日本大震災での作業の様子を画像で示し、遺体役のスタッフから実際にデンタルチャートをとる訓練をしてもらう。

 今月6日には、新型コロナウイルスの影響でオンラインでの開催となった警察歯科医の全国大会で、こうした取り組みを紹介した。「私だって災害時に生きている保証はありません。経験を周りに伝えていくことが大切だと思うんです」と熊谷さんは話す。

 「災害で亡くなる人が出ることはみんな考えたくないし、なかなか伝えにくい話ではある。でも、歯科医は日常的にご遺体をみる職業ではありません。普段からやっておかないと、災害が起きたとき急にできるっていうものではないですから」

 近年、孤独死の現場にも関わることが増えているという。一人暮らしで身寄りのない人が多くなれば、家族に身元を確認できない遺体が増えることにもつながる。それは災害時も変わらない。歯型を記録する作業が、ますます必要になる可能性もある。

 東日本大震災では、沿岸部に被害が集中し、内陸部から沿岸の被災地へ移動するのに長時間を要した。「三重県でいえば、尾鷲や熊野など南部が被災したときに救援が現地にどう入るのか。いろいろなケースを想定して、真剣に考えておく必要があると思います」と話した。(土井良典)

拡大する写真・図版震災で犠牲になった遺体から歯型を記録する熊谷さん(右奥)=2011年5月2日、岩手県釜石市、熊谷さん提供(画像の一部を加工しています)

拡大する写真・図版遺体安置のスペースには、次々とひつぎが運ばれてきた=2011年5月2日、岩手県釜石市、熊谷さん提供

拡大する写真・図版津波被害を受けた町では、津波への憎悪などが建物の壁に書かれていた=2011年5月、岩手県宮古市、熊谷さん提供

拡大する写真・図版歯科医の熊谷渉さん。災害時に歯型を記録できる人手が足らないのではないかと懸念している=津市、土井良典撮影