[PR]

 東日本大震災からまもなく10年。震災直後の避難所で、たらいのお風呂に入れてもらっていた赤ちゃんを、再び訪ねました。

特集企画「生きる、未来へ」
3月11日、発生から10年となる東日本大震災。愛する人を失った悲しみ、住み慣れた土地に戻れない苦しさ……。さまざまな思いを抱え、歩んできた3家族を通して、被災地のこれまでを振り返る。

 妹と弟が走り回って遊ぶなか、1人黙々と読書をする。小説、マンガ、絵本、何でも読む。避難所でたらいのお風呂に入っていた赤ちゃんは、本好きな少女に成長していた。

 岩手県山田町の坂本美紗さん(10)は、東日本大震災があったとき、生後7カ月だった。自宅も兼ねていた理容店が津波で流され、避難所になっていた高校の体育館で約3カ月過ごした。周りに赤ちゃんはほとんどいなかったため、お年寄りにかわいがられた。母の法子さん(38)は「誰が抱っこしても、ぐずることはなかった」と振り返る。

 人見知りをしない性格は、小学4年生になった今でも変わらない。理容店は2011年6月に場所を移して再開。避難所での交流をきっかけに店を訪れる客も多い。「大きくなったね」と声をかけられても恥ずかしがらず、客が連れてきた同年代の子どもともすぐに仲良くなった。

 お手伝いも日課だ。切った髪の毛を片付けたり、タオルをたたんだり。法子さんは「床屋の宿命ですね」と笑う。結婚後は夫の店で働くようになったが、法子さんの実家も理容店。小学生のころから親を手伝い、今もはさみを握る。

 美紗さんは、そんな「床屋一筋」の母を「かっこいい」とあこがれる。「いつも集中していて、終わったら、お客さんが笑顔になってる」

 震災の2年後には妹の結希さん(8)、その3年後には弟の慎二君(4)が生まれた。壁の薄い仮設住宅では近所に気を使うこともあったが、19年11月、高台に自宅を再建。祖母も含めて家族6人で暮らしている。

 結希さんは「最近遊んでくれない」と不満顔だが、法子さんによると、面倒見のいいお姉ちゃんだという。今は、きょうだい3人でお風呂に入っている。(藤谷和広)

     ◇

赤ちゃん、にっこり 岩手・山田に臨時お風呂(2011年3月20日付の記事)

 約1300人が避難している岩手県山田町の県立山田高校で19日、臨時の「赤ちゃん風呂」がつくられた。入浴できない日が続いている住民たちが「せめて赤ちゃんの汚れは落としてあげたい」と、ドラム缶でお湯を沸かした。燃料の材木は地元の製材店が差し入れた。

 被災後、初めてお風呂に入った理容師坂本法子さん(28)の長女美紗ちゃん(7カ月)は、ちょうどいい湯加減に満面の笑みを浮かべた。「この子だけでも普通の生活をさせてあげたかったので、よかった」と法子さん。紙オムツは、近所の住民たちが同県宮古市まで買い出しに行ってくれたという。「みなさんに助けてもらって本当に助かっています」