羽根田卓也と奥原希望 メダリスト対談、茶と禅の境地へ

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照屋健、山口史朗
【プロローグ】羽根田卓也vs奥原希望、銅メダリスト対談。対談の中身をたっぷり盛り込んだ動画本編は記事後半に。
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 5年前のリオデジャネイロ五輪で、新たな道を切り開いた。カヌー競技でアジア人初の五輪メダリストになった羽根田卓也(33)と、バドミントンのシングルスで日本勢初の表彰台に立った奥原希望のぞみ)(25)。五輪銅メダリストの2人が、オンラインで熱く語り合った。

 リオ五輪のメダリストの集まりで知り合った2人。大会後のメダリストパレードでは同じ車だった。

 羽根田 実際に話をすると、自分が恥ずかしくなってしまうくらい、まっすぐな選手なんです。ここまで競技と向き合う選手って、なかなかいない。

 奥原 うれしい(笑)。私にとっては、シンプルに優しいお兄ちゃんみたい。NTC(味の素ナショナルトレーニングセンター)で会っても声をかけてくれる。

 五輪のメダリストになり、自らをとりまく世界が変わった。

 羽根田 1番驚いたのは、リオから帰国してJR品川駅で降りたとき。駅からホテルに向かう200メートルくらいの間に5、6人に声をかけられた。ここはどこだ、と。自分にとっての日本が変わってしまった。一種のカルチャーショックだった。北京五輪ロンドン五輪のときは帰国しても、余韻が一切なかった。本当に俺、五輪に出てたのかなって。3位に入るのと入らないでは大きな差がある。

羽根田卓也(はねだ・たくや)

1987年7月17日生まれ、愛知県出身。幼少期は器械体操も経験し、9歳から父と兄の影響でカヌースラロームを始める。高校を卒業し、単身で強豪国のスロバキアへ。首都ブラチスラバにあるコメニウス大大学院を卒業。08年北京五輪14位、12年ロンドン五輪7位、16年リオデジャネイロ五輪でこの種目でアジア人初のメダリストとなった。愛称の「ハネタク」はマツコ・デラックスさんが命名。身長175センチ、体重70キロ。ミキハウス所属。

 奥原 私も、街中で声をかけられる確率が格段にあがった。リオの前と後ではすごく大きな変化があった。

 でも、私の勝手な解釈ですけど、表彰台はチャンピオンのためのもの。金メダルではまったく違う景色が見えるんだろうなって。リオの表彰台は、すごく悔しかった。(女子ダブルスで金メダルの)タカマツ(高橋礼華松友美佐紀組)さんの表彰式を生で見た。ああ、すごい、この差って大きいんだなっていう空気を現場で感じた。

奥原希望(おくはら・のぞみ

1995年3月13日生まれ。長野県出身。小学1年でバドミントンを始め、埼玉・大宮東高2年のときに全日本総合選手権で史上最年少優勝を果たした。2016年リオデジャネイロ五輪では、日本のシングルスで初の銅メダルを獲得。17年の世界選手権で日本のシングルス初の金メダルを手にした。18年12月末に実業団を退社し、スポンサーから支援を受けるプロ選手に転向した。156センチ、52キロ。太陽ホールディングス所属。

「自分にとって厳しい選択をする」

 羽根田は腕を磨くため単身でスロバキアへ渡り、奥原は日本のバドミントン界では数少ないプロ選手に。ともに大きな決断をしてきた。

奥原が積極的に発信する理由、羽根田が異国でつかんだもの、そして東京五輪を前にたどり着いた茶と禅の境地とは―。2人のプレー写真とともに対談の詳細を編集した8分間の動画も、記事の後半でご覧いただけます。

 羽根田 最初はホームシック…

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