農業や飛行場も? トヨタ、箝口令敷かれた実験都市計画

矢吹孝文
[PR]

 トヨタ自動車は2月23日、静岡県裾野市で計画する自動運転や人工知能の実証都市「ウーブン・シティ(Woven city)」の「くわ入れ式」をおこなう。発表から1年。コロナ禍でも計画の具体化に踏み切った。見えてきた計画と課題を、現場から報告する。

写真・図版
発表された「Woven City」の完成予想図。中央手前部分が、現在の東富士工場にあたる=トヨタ自動車ホームページより

 昨年の9月と12月、静岡県裾野市にある建設予定地の周辺で、トヨタ社員らが「工事のお知らせ」と書かれた文書を住民に配って回った。

 文書によると、最初に建設に入るのは敷地南端にある三角形の土地(約3・5ヘクタール)。トヨタ輸送の施設があった場所で、すでに更地になっている。3月から造成・建築工事に入るとされ、期間は「2022年7月(予定)」までという。

 昨年12月に生産を終了したトヨタ自動車東日本の東富士工場は22年2月まで解体工事をし、その後に街づくりに入る予定と書かれている。ただ、ウーブン・シティを含めて「何をつくるか」という説明はなかった。

 計画はどこまで進んでいるのか。1月29日、ウーブン・シティや自動運転車の開発などを担うトヨタのグループ会社「ウーブン・プラネット・ホールディングス」の発足イベントがオンラインで開かれた。質疑応答の中心になったのは、同社のジェームス・カフナーCEOだ。米国のグーグルでエンジニアリングディレクターを務め、現在はトヨタの取締役も兼ねている。

 カフナー氏はウーブン・シティについて「世界中のスマートシティで、ウーブン・シティで開発されたものを使ってほしい」と語った。ただ、23日の「くわ入れ式」以降の日程を問われると、苦笑しつつ「来月にはもう少し確定した情報を説明できると思う」と述べるにとどめた。

写真・図版
ウーブン・シティなどを手がける「ウーブン・プラネット・ホールディングス」のジェームス・カフナーCEO=同社提供

 トヨタ関係者によると、プロジェクトの内容は「箝口令(かんこうれい)が敷かれている」といい、担当者以外には「発表前の新車よりも情報が入らない」のだという。

 昨年11月のトヨタの決算会見によると、豊田章男社長は街の設計について「150メートル四方の正方形が一つの区画になる」と明かした。これは2・25ヘクタールで、およそサッカーコート三つ分。最初に着工する三角形の土地には1区画、東富士工場跡も含めた敷地には8~10区画が入りそうだ。

写真・図版
トヨタ自動車東日本の東富士工場(手前)。中央右に陸上自衛隊の東富士演習場が広がる=静岡県裾野市、朝日新聞社ヘリから、迫和義撮影

 1区画あたりに、3本の道と1本の地下道を配置する。地上は自動運転だけの道、人と小さい乗り物の道、歩行者だけの道の3種類で、地下道は自動運転による物流の道になる。豊田社長は「地上は天気が変動して路面の状況が変わる。地下は天気の変動がない自動運転をトライできる」と説明している。

「自動車メーカーを超える」

 どのような実験が行われるのだろう。

 トヨタはウーブン・シティについて「人、建物、クルマなどが情報でつながる実証都市」と掲げている。この「つながる」という点は、昨年11月に公開された広報サイト「トヨタイムズ」の動画に具体例が挙げられている。

 街の中は自動運転が前提だが、スマートシティを手がける「トヨタコネクティッド ノースアメリカ」のザック・ヒックスCEOは例として、「車が信号とつながれば、運転手がブレーキを踏み忘れても安全にブレーキをかけるサポートができる」としている。ブライアン・カーサーCTOも「データを収集して認識する装置が街全体にある。我々は単なる自動車メーカーではなく、それを超えるものだ」という。

 研究や生活には英語が使われる。豊田社長は1月のテレビ番組で「公用語は英語」と明言し、「日本語で話して自動翻訳機みたいなものも出てくる。そういう実験もできるわけです、この街は」と述べている。

 ウーブン・シティを担当するグループ会社の登記簿には、幅広い事業が記されている。会社の「目的」の項目には、自動車や船舶、宇宙機器の開発や販売と書かれている。さらに医療用機器や建築用部材の開発、不動産売買、運送業、翻訳業、クレジットカード業や金融業、保険代理業まである。

 将来が想像できそうな記述もあった。「駐車場、ショールーム、教育、医療、スポーツ、マリーナ、飛行場、飲食、宿泊、売店などの運営および管理」。そして、「バイオテクノロジーによる農産物・樹木の生産」。プロジェクト関係者は「特に、農業は社長の肝いりの計画だ」とする。

 スマートシティに詳しい自動車アナリストの中西孝樹さんは、それらの施設について「すべてトヨタがやるわけではない。パートナー企業と進めていく」と解説する。「食事の戸別配送とゴミ収集が自動化される」と予想する中西さんは「施設の運営が目的ではない。ウーブン・プラネットはアマゾンやグーグルのようなIT企業になりたいはずだ」としている。

豊田家5代目、増える露出

 「2月23日、『富士山の日』にウーブン・シティのくわ入れ式を行う予定です。皆様とともに進めていくプロジェクトの第一歩を踏み出します」

 トヨタ自動車が出資し、スマートシティや自動運転車を開発するウーブン・プラネットが1月末に開いた設立イベントで、スマートシティの着工について説明したのは豊田大輔シニア・バイスプレジデント(上席副社長)だった。豊田章男・トヨタ社長の長男だ。

写真・図版
1月のオンラインイベントでウーブン・シティについて説明したウーブン・プラネットの豊田大輔氏=ウーブン・プラネット提供

 大輔氏は30代で慶応大卒。米国で修士号を取った。トヨタでソフトウェア開発を担当し、2018年からはウーブン・プラネットの前身であるTRI―AD(東京)の幹部として、自動運転技術の開発などに関わってきた。

 トヨタグループ創始者の豊田佐吉(1867~1930)から5代目。これまで表舞台に出る機会はほとんどなかったが、この1年ほどで急増している。

 昨年1月は改造車のイベント「東京オートサロン」で、父の章男氏と並んでトークショーに登壇。昨年11、12月には公式サイト「トヨタイムズ」の広報動画に相次いで登場し、ソフトウェア開発の意義やトヨタの理念を語っている。

写真・図版
東京オートサロンのトークショーに登壇したトヨタ自動車の豊田章男社長(左端)と大輔氏(右端)=2020年1月10日、千葉市の幕張メッセ、竹山栄太郎撮影

 ウーブン・シティができる裾野市で勤務経験があるトヨタグループの社員は動画を見て「将来の後継者として、社内にお披露目している」と受け取った。

 豊田家には、「自分の代で新しい事業を始める」という「一代一事業」のならわしがある。静岡県内には、ウーブン・シティとともにその原点といえる施設が保存されている。

 富士山から西に約140キロ離れた静岡県湖西市。ウナギの産地で知られる浜名湖の近くにある、山と田畑に囲まれたかやぶきの古民家が、グループの祖である豊田佐吉の生家だ。

 大工だった佐吉は母親の機織りの仕事を助けるために織り機を改良。やがて自動化で特許を取り、今も続く豊田自動織機を創業するなど実業家に転じた。併設する資料館には「人々の役に立つ発明をしたい」「障子を開けてみよ、世界は広い」といった佐吉の言葉とともに、開発した織り機や大工仕事をした建物が残されている。

写真・図版
静岡県湖西市にある豊田佐吉の生家。江戸時代末期に建てられ、人手に渡って移転したが1990年に再建された

 湖西市の同じ家で生まれた長男・喜一郎氏(故人)は織機から自動車に参入し、トヨタ自動車を創業。その長男である章一郎名誉会長は、住宅事業でトヨタホームを立ち上げた。そのまた長男の章男社長は昨年8月に配信されたウェブメディア「ニューズピックス」のインタビューで、「生まれたときから『一代一業』と言われ続けてきた」「どれだけそれにプレッシャーを感じたか」と語っている。

 章男社長の評伝を書いた経済ジャーナリストの片山修さんは「章男さんにとっての『一事業』は、街づくりではなくソフトウェア事業だ」と解説する。

 TRI―ADをウーブン・プラネットに改組すると発表した昨年7月、章男社長は「この会社に個人として大きな金額を投資する」と表明した。喜一郎氏が自動車参入のために私財を投じたことを説明し、「私個人の意思を入れ込めるようにしたい」「答えのない世界にチャレンジするためには、そうした個人の意思が必要」と熱弁した。

 トヨタグループ社員の一人は「将来に向けた事業への出資で、トヨタはまた『豊田家の会社』になるのでは」と考える。

 豊田達郎元社長が1995年に退任してから、3代に渡って創業家以外の社長が続き、業績は拡大した。2009年に就任したのが創業家として14年ぶりの章男社長だ。当時、この社員は「なぜ、いまさら創業家なのか」と思ったが、今は「創業家の社長は長期ビジョンを描けて、良い面もたくさんある」という。

 片山さんは「ウーブン・シティはトヨタがソフトウェア事業で戦うための拠点になる。将来、章男さんもここに住むかもしれない」としている。(矢吹孝文)

記者が実態に迫る 2月21日にオンラインイベント

写真・図版
記者サロン「トヨタ 未来都市のゆくえ」は2月21日午後5時よりライブ配信

 スマートシティというと、どんな街を想像しますか。

 トヨタ自動車静岡県裾野市に計画している実証都市「Woven City」(ウーブン・シティ)をテーマにしたライブイベント「記者サロン トヨタ未来都市のゆくえ」を2月21日午後5時から配信します。経済部の記者と地元・静岡の記者が取材結果を持ち寄り、全体像が明らかになっていない計画の実態に迫ります。

 参加無料。参加者からの質問にも答えます。申し込みは https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11003604別ウインドウで開きますから。

 トヨタは2月23日、富士山のふもとでウーブン・シティの工事に着手します。公式発表が少ないので全体像は明らかになっていませんが、建設予定地や業界関係者を取材していると、断片的ながら情報が見えてきました。

 今回のイベントは、朝日新聞と静岡朝日テレビの協力で実現した企画です。地元の人気番組「とびっきり! しずおか」とも連動し、杉沢洋佑チーフディレクターも出演します。現地で取材を続けてきた朝日新聞静岡総局の矢吹孝文記者が、閉鎖した東富士工場内の貴重な様子を報告。経済部で自動車業界を取材している神沢和敬記者とともに、トヨタの狙いや自動車業界の動きを解説。スマートシティの将来像を見据えます。

 岐路に立つ自動車業界、日本の先端技術の行く末、地元自治体との関係などを一緒に考えてみませんか。ぜひご参加を。