ふれる指先、「さわらんでええんやで」とは言えなくて

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 神戸在住の文筆家、平民金子さんの連載コラム「神戸の、その向こう」第2回。言葉をのみ込んで目を上げた先に、大きく光っていた言葉とは。

〈へいみんかねこ〉1975年、大阪生まれ。文筆家・写真家。神戸在住。著書「ごろごろ、神戸。」

 エスカレーターの手すりやエレベーターのボタン、電車やバスの握り棒に子供が手をふれると一瞬かまえてしまう。そこまで気にしなくてもよいと理解しているのに、去年からの警戒心がいつまでもこびりついていて、小さな指先がまるで私の傷の粘膜にふれているのだというように心がこわばってしまうのだ。

 行儀よくエスカレーターで手すりを持って立ち、エレベーターでおとしよりが降りるまで「開」を押す様子を見ながら、ほんの1年前までは今と反対のことを教えていたのだと思った。「時期が時期やし、積極的にはさわらんでええんやで」のひと言が出てこない。

 子供たちが多く遊ぶ公園を避…

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