原発事故下のトモダチ作戦 日米で緊密連携、支援は誇り

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聞き手 編集委員・佐藤武嗣
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 東日本大震災で米軍として捜索・救難などの活動にあたった「トモダチ作戦」。東京電力福島第一原発の事故による放射能汚染にどう対処し、支援活動を通じて何が心に残ったのか。「日米同盟」の現状をどう見るのか。当時、米海軍ロナルド・レーガン空母打撃群司令官として作戦を指揮した、ロバート・ギリエ元海軍少将に聞いた。

〈Robert P.Girrier〉米海軍少将(退役)。ロナルド・レーガン空母打撃群やニミッツ空母打撃群の司令官を務めた。現在は米シンクタンク「パシフィック・フォーラム」理事長。

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東日本大震災から3月11日で10年となります。被災地の復興や支援、福島第1原発事故への対応など、様々な分野で思いを寄せる人たちにインタビューしました。 震災の経験は私たちに何を残したのでしょうか。

 ――震災発生をどのように知りましたか。

 「発生時、私は空母ロナルド・レーガンに乗船して外洋にいた。空母打撃群を率いて、朝鮮半島での韓国軍との合同軍事演習に向かう途中だった。衛星を通じた艦内テレビで、地震と津波のニュースを見て『これは大惨事だ。演習計画は全て変更になる』と思ったことを覚えている」

 「予想通り、第7艦隊司令官から『直ちに打撃群を率いて全速力で本州に引き返し、仙台の東岸で指示を待て。日本政府からの要請を待て』との連絡が入った。我々は針路を変更して引き返し、速力を上げて目的地をめざした。すぐに(日本政府から)正式な支援要請があるだろうと踏んでいた」

 「米軍では通常、人道支援や災害対応は水陸両用型艦艇を活用する。地域では、こうした部隊と日本の自衛隊で協力した長年の実績があった。災害対応の任務には、多くのヘリを保有し、沿岸での任務の経験を積んだ、こうした部隊が理想的だ」

 「ただ震災当時、装備体系が異なる空母打撃群が最初に救援作戦の任につき、我々が現場近くに駆けつけた。海兵隊と水陸両用部隊は到着後、八戸や宮古、気仙沼で港湾を復旧するための大規模な支援活動を実施した。(海兵隊と共に)緊密に自衛隊と連携できた」

 ――震災直後に発生した原発事故への懸念はどのようなものでしたか。

 「目的地へ向かう途中、かな…

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