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アナザーノート 吉岡桂子編集委員

 こんにちは。北京や上海、バンコクなどに駐在し、20年あまり中国をウォッチしている吉岡桂子です。私が取材を始めたころ、日本の4分の1にすぎなかった中国の経済規模は、日本の3倍に膨らみ、今や通信、AI、EV、バイオなどで米国に技術覇権を挑む存在になりました。そんな中国経済の断面を、出会った人や注目している人を通じて書いていきます。

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「塀」の中に入った「物言う企業家」なぜ

 今回は、そんな私の問題意識を読者のみなさんに知ってもらう一助にするため、現在の中国を象徴する出来事から書き起こしたいと思います。

 昨年9月、中国で一人の企業家が実刑判決を受けました。任志強(レン・チー・チアン)さん(69)。国有不動産会社「北京市華遠集団」の経営に長く携わり、同時に一党独裁の国において「物言う企業家」として有名でした。「任大砲」と呼ばれる政権批判も辞さない率直な物言いは、多くの中国人をひきつけ、SNSのフォロワーは数千万人を数える時期もあったほどです。

拡大する写真・図版中国企業家代表団の一員として来日した任志強氏(右端)、茂木敏充・経済産業相(当時、右から4人目)とも面会した=2013年9月26日、代表団の写真集から

 その任さんが汚職、収賄や公金横領などの罪で懲役18年の実刑判決を受けたのです。私は一報に接し、「またひとり、私が取材してきた人が『塀』の中に入ってしまった」と思いました。

 私は早速、中国ビジネスが長く、任さんを知る日本人ビジネスマンに会いました。彼はこう指摘しました。「確信犯だな。ここまでの刑を予測していたかどうかは別だが、彼らしい。腹に据えかねていたのだろう」

 一体何があったのでしょうか。

 「裸になっても皇帝の座にとどまろうとするピエロ」「メディアをコントロールし、事実の真相を隠そうとしている」

 昨春、新型コロナ対策の初動を批判して任さんが書いた文章です。ネットを通じてあっという間に広がりました。「ピエロ」が習近平(シー・チン・ピン)国家主席を指すのは明らかで、私は驚き、さすがに心配になりました。中国政府はちょうど、新型コロナウイルスの感染源をめぐって欧米と対立を深めており、自らに不利な情報への統制を強めている時期でした。湖北省武漢市から独自に情報を発信しようとした市民記者は拘束され、批判を続けた清華大学教授は軟禁状態に陥りました。そこに、この「大砲」だったのです。

「異論を消す。見せしめの処分」

 私は7年余り前、北京で任さんを単独インタビューしたときのことを思い出しました。

拡大する写真・図版任志強氏=2013年12月23日、北京市、佐渡多真子氏撮影

 「中国の企業家は、あれこれ言って面倒に巻き込まれたくないと思う人も多い。しかし、私は中国だからこそ、ビジネスマンがビジネスだけを語る『在商言商』ではすまないと考えます。日本なら投票という行動で意思を示せるが、中国では言葉にしないと商環境を決める政策の決定に関与できないからです」

 迫力のある大きな目をぎょろりとさせ、ときにたばこをくゆらせながら、でも丁寧にじっくりと外国人にも分かりやすい中国語を選んで話してくれました。「中国の不動産バブル」を名目に取り付けたアポイントでしたが、国家と民の関係についても話は及びました。むしろ、語ることが自分の役割だととらえているようにも見えました。

 任さんは中国語で「紅二代」と呼ばれる共産党幹部の子息です。父親は日本との戦争中に中国共産党に入党し、建国後は商務部副部長(次官)を務めました。若いころ中国人民解放軍を辞めてビジネスに転じた任さんが、北京の国有不動産会社を軸に金融から旅行、レストランまで手広くビジネスを展開するグループのトップを務めてきたのも、「物言う企業家」として「任大砲」をぶっぱなせてこられたのも、そうした血筋に守られてこそのこと。それは間違いありません。

 もうひとつの「守護神」は、中国最高幹部の一人、王岐山(ワン・チー・シャン)氏(72)の存在でした。北京市長や党中央規律委員会主席など要職を務め、現在も習氏に次ぐナンバー2とも言われる人物。党幹部の子弟が通う北京の中・高校時代に王氏と知り合い、50年余のつきあい。深夜に電話をかけあう仲とも言われていました。

 中国では自由の幅は身分によって異なります。任さんのような政治的な背景を持っていれば、商売だけでなく言論も、庶民よりは許される幅が広い。それを「確信犯」的に利用し、急速に普及したSNSを用いて舌鋒(ぜっぽう)鋭く発信していました。

 「私は組織的な行動をせず、自分の考えを述べているだけだから(逮捕されている人々とは)違うよ」。取材時、そう話していた任さんですが、習政権が強権を強めるにつれて、発言も激しくなっていきました。2016年にはSNSでの共産党批判が問題視され、1年間の党内観察処分を受けました。

 そしてさらに、昨年の懲役刑です。長く後ろ盾となってきた王氏と習氏の関係が以前ほど近しくないことを浮き彫りにするとともに、中国の言論の表舞台から異論が消えつつある時代の象徴として、私の目には映りました。知り合いの北京の大学教授は「党内から異論を消す。その見せしめとしての強い処分だ」と指摘しました。

拘束されたもう一人の取材先

 実はもう一人、拘束された取材…

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