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 安土桃山時代から江戸時代初めにかけて鳥取市西部を治めた初代鹿野城主・亀井茲矩(これのり)に関する知識を問う「亀井さん検定」の1回目が21日、同市鹿野町今市の国民宿舎山紫苑であった。県内から9~79歳の男女44人が初級編に挑み、32人が合格した。

 問題は、応募時に配られた検定のガイドブックから出題された。「子どものころの名前は」「朱印船貿易で持ち帰り、現在も栽培されている作物は」など20問で、回答時間は40分。受検者は三つの正解候補の中から一つを選んで丸をつけていったが、20分ほどで全員が回答を終え、退出。すぐに採点され、32人が合格ラインの90点以上をとった。うち13人が満点だった。

 最も早く回答した鳥取市青谷町の会社員板垣和男さん(58)は100点だった。「ちょうどいい難しさでした。鹿野の町歩きをしていて勧められました」。鳥取市立青谷小学校4年の安達彩(あや)さん(10)は亀井さんを知りたいと思って受検したが、合格ラインに届かなかった。「難しかった。来年も受けたいです」

 主催する実行委員会の委員長を務める広田敬祐さん(77)=鹿野町郷土文化研究会事務局長=は「亀井さんは鹿野の殿様の時、良い政策をとられた。そのことを後世に伝えないといけない。鹿野以外の人にも知ってほしい」と話していた。

 亀井茲矩は尼子氏の家臣の家に生まれ、尼子氏滅亡後、羽柴秀吉に従い、鹿野城主となった。池の干拓や用水路の開設を進めたり、朱印船貿易で得た茶や薬草の栽培に努めたりして、町の人から「亀井さん」と呼ばれて慕われている。(石川和彦)

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