ヤクルトとともに22年 「素通り」のまち・浦添の努力

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藤田絢子
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 プロ野球開幕を約1カ月後に控えた23日。本来はオープン戦の開幕日だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で沖縄県独自の緊急事態宣言が出ていることなどに伴い、各試合は練習試合に切り替えて行われた。

 ANAボールパーク浦添でのヤクルト―巨人戦。「お客さんを入れていたらきっとチケットは完売だったことでしょう」と話すのは、東京ヤクルトスワローズ浦添協力会事務局の渡名喜守聖さんだ。この協力会は、渡名喜さんら浦添商工会議所の職員約20人で運営。商工会の業務の傍ら、キャンプを成功させるため、前年の秋から球団と調整をしながら準備にあたってきた。

 「何をもって新型コロナ対策が万全かわからない。無駄になるかもしれないと思ったこともやってきた」と話すのは、事務局の瀬戸建さんだ。感染防止のため、選手とファンの動線を分けた。昨年まで紙で販売していたオープン戦チケットも、接触を避けるためQRコードに切り替えた。医師や看護師の手配など、有観客で開催する可能性がわずかでもあるならと動いてきた。

 なぜ、こんなにも熱心なのか。渡名喜さんは那覇市の隣に位置する浦添市の悲哀を教えてくれた。「琉球王国発祥の地ですが、那覇から中央部の観光地に素通りされてしまっていた。地名すら正確に呼んでもらえなかった」

 それがヤクルトが来て今年で…

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