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 自宅のソファにゆったり座りながらギターを弾く。弦の音にあわせて子どもが歌い出す。窓からは穏やかな海が見える。なごやかな家族の時間が流れる。

 瀬戸内海の直島(香川県直島町)で暮らす音楽プロデューサー福島節(せつ)さん(42)、真希さん(36)夫妻と長女の渚さん(7)の日常の風景だ。2018年3月、東京の都心から島に生活拠点を移した。

 夫の節さんは東京のCM音楽制作会社の代表を務めている。「日清どん兵衛どんぎつねの歌」「明光義塾YDKの歌」など年間500本以上のCM音楽の制作を手がけてきた。14年に会社を立ち上げ、土日も夜中も仕事に追われていた。

 妻の真希さんもCMディレクターとして広告制作会社に勤務した後、フリーランスとして働き、子育てとの両立に悩んでいた。周囲に頼ることもできず、孤独感も感じていた。

 そんな日々を過ごしていた17年夏、真希さんは友人と直島を旅した。

 直島はなじみの場所だった。美術大学で学んでいた頃から島の地中美術館などを訪れ、島が会場になった瀬戸内国際芸術祭も毎回、足を運んだ。穏やかな空気が心地よかった。訪れる度に新しいカフェができ、外国人観光客でにぎわう。島の移ろいを目にするのも楽しかった。

 再び訪れた直島で、ふと友人が口にした言葉がなぜか心に響き渡った。

 「ここだったら住みたいな」

 都会での何かに追われるような日々に疲れていたのかも知れない。直島で暮らそうと心に決め、借りられる家を探した。翌春には家族で移り住んだ。

 夫の節さんは仕事で上京する必要があり、平日は東京、土日は直島という二重生活が続いた。度重なる移動は体力的にきつかった。島の人々とすぐに親しくなった妻や子どもと比べ、自分だけ溶け込めていないような気もしていた。

 直島に来て半年ほど経った18年秋、節さんはコーヒー店でライブを開いた。多くの島民が足を運んでくれた。心の距離も縮まった。

 働き方も変わった。節さんは会社の仲間や周囲に「土日は働かない」と宣言し、家族と過ごす時間を大切にした。シンガー・ソングライターとしての活動も始めた。企業からの依頼を受けてCM音楽を制作する仕事とは異なり、自分が作りたい曲を作り、自ら発信する楽しさに目覚めた。

 「道歩いてたら カニくれた」「大根 ポストに刺さっとる」。ほのぼのとした日常の風景をつづり、島民の声を録音してとり入れ、「あるある直島」というオリジナル曲も作った。

 昨年、新型コロナウイルスが猛威をふるい始めてからは東京との往来を控え、今は島に滞在する時間がより増えた。仕事もリモートで対応できることが少なくないと気づいた。

 音楽に向き合う意識も変わったと感じている。「短いCM音楽でも心にぐっとくるような曲をつくることにこだわるようになりました。逆に、トレンドを追う意識は薄くなったかも」

 直島に腰をすえようと、20年末には新居を構えた。

 今、家族ぐるみでの音楽制作にも取り組んでいる。妻の真希さんが作詞し、長女の渚さんが歌を歌ったCDアルバム「こころは天気」を2月中旬に発表した。コロナ禍のなかでもステイホームを楽しみ、笑顔になれるようにと作った8曲を収録した。自宅で歌う様子をインスタグラムでライブ配信もしている。

 直島で暮らし始めて3年。真希さんは「近所の人が料理を多く作ったからとお裾分けしてくれたり、気軽に家に招いてくれたりします。島の人々のあたたかさに助けられ、見守られていると感じます。永住するつもりです」と話す。

 島のあちこちにある屋外の現代アート作品とたわむれ、海辺で楽しそうに遊ぶ渚さんの姿を見るたび、ふたりは直島の魅力をかみしめている。(石川友恵)

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