【動画】2011年の選抜大会、選手宣誓した創志学園の元主将が振り返る=大坂尚子撮影
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 東日本大震災から、まもなく10年。選抜高校野球大会も、被災者の思いをくんだ特別な大会にしたい、との願いを込めて開かれた。大きな反響を呼んだ選手宣誓を振り返る。

 未曽有の大災害から、わずか12日だった。2011年3月23日。第83回選抜高校野球大会は開幕した。多くの被災者が苦しんでいるのに、野球をやっていいのか。選手たちの心も揺れるなか、始まった開会式。阪神甲子園球場に力強く、語りかけるような声が響いた。

 「私たちは16年前、阪神・淡路大震災の年に生まれました」と切り出した。「今、東日本大震災で多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです」「被災地では、すべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます」

 創志学園(岡山)の主将、野山慎介の選手宣誓。被災者に寄り添った飾らない言葉が、人々の胸に響き、共感を呼んだ。

 創部1年未満の1年生(新2年生)だけのチームだった。大会に向けて仕上げの調整に入っていたころ、大地震が起き、津波が押し寄せた。そこに原発事故が追い打ちをかける。大会の開催も危ぶまれた。

 「甲子園、大丈夫かな」。中止も覚悟した。それでも「しっかりと準備しよう。その上でどういう結果になっても受け止めよう」と仲間に呼びかけた。

 死者・行方不明者の数も膨らみ、捜索活動もままならない。大会開催の可否について、日本高校野球連盟には多くの意見が寄せられた。開幕5日前の18日、開催が決まった。野山は、選手宣誓を任された。

 その大役が「震災を、本当に、真剣に考える機会になった」。被災地の様子をニュースで知るたびに「人ごとにはしたくない」という思いが募った。

 「日本全体、僕たちも含めて、何とか乗り越えていこう、支えあっていこうという気持ちを込めたい」「僕の宣誓で勇気や元気を与えるというのはおこがましいこと。宣誓やプレーする機会をもらえたから、僕たちは全力でやる。それを見て何か感じていただければ」という気持ちだった。

 長沢宏行監督から「1千回練習しろ」と言われ、起きている時は何度も口ずさんだ。「24時間ずっと考えていた」。どうやったら思いを乗せられるか、色々な人に聞いてもらった。

 そして迎えた開会式。チームメートや監督らと話し合い、考え抜いて入れた「仲間」「支え」「感謝」。その一言一言をかみしめながら発した。

 「人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができると、信じています。私たちに、今できること。それは、この大会を精いっぱい元気を出して戦うことです。がんばろう!日本。生かされている命に感謝し、全身全霊で、正々堂々とプレーすることを誓います」

 開会式直後の試合で敗れ、岡山に戻った。学校に届いた手紙には「力をもらった」「元気が出た」など感謝の弁が尽きなかった。「一生懸命やっている人の言葉やプレーは、伝わるんだ」と改めて感じた。

 26歳。「僕の経験では野球の試合も含めて、一番濃い一日だった」。今でも、選手宣誓全文を覚えている。東海大、一般企業を経て、より地域に寄り添った仕事がしたいと、岡山県赤磐市の職員として働く。「宣誓の経験がそうさせているのかもしれないけど、支えになる仕事がしたかった」と語った。

 10年前と状況は違うが、スポーツの試合の開催に賛否がある。コロナ禍で悩んでいる球児たちに、エールも送ってくれた。

 「変に気を使わず、『僕たちは甲子園でやりたい』と気持ちを大にして伝えていいと思う」。高校野球は2年半しかない。甲子園に出て勝ちたい、優勝したいという思いは、十分理解できる。

 その上で、こう続けた。「大会開催がどうなるかは真摯(しんし)に受け止めるしかない。どう転んでも、なんとか乗り越えて、次の一歩を踏み出してほしいなと思います」(大坂尚子)

創志学園の元主将、野山慎介さんの選手宣誓全文

宣誓。

私たちは16年前、阪神・淡路大震災の年に生まれました。

今、東日本大震災で、多くの尊い命が奪われ、私たちの心は悲しみでいっぱいです。

被災地では、すべての方々が一丸となり、仲間とともに頑張っておられます。

人は仲間に支えられることで、大きな困難を乗り越えることができると信じています。

私たちに、今、できること。それはこの大会を精いっぱい、元気を出して戦うことです。

「がんばろう!日本」。

生かされている命に感謝し、全身全霊で、正々堂々とプレーすることを誓います。

平成23年3月23日

創志学園高等学校野球部主将 野山慎介