震災の翌年、選手宣誓した石巻工の主将 9年経った今

高校野球

編集委員・安藤嘉浩
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 東日本大震災の翌年にあった第84回選抜高校野球大会。開会式で選手宣誓をしたのは宮城・石巻工の阿部翔人主将だった。「被災地の現状と、自分たちにできることは何かを伝えたかった」と振り返る元主将は、26歳の阿部先生になり、今度は監督として、甲子園出場を目指している。

 「東日本大震災から1年。日本は復興の真っ最中です」

 2012年3月21日、阪神甲子園球場。阿部さんはひと言ひと言をかみしめるように語り始めた。

 「被災をされた方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、今も当時のことや亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます」

 前年の3月11日、学校のグラウンドで打撃練習をしていた午後2時46分に大震災が起きた。仲間と校舎に逃げ込み、グラウンドに津波が押し寄せたのは約50分後だ。自宅も被害を受け、数日間は学校で寝泊まりした。その間に大切な友人も失った。

 「人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは、苦しくてつらいことです」

 毎日が必死すぎて、野球をやりたいと思うこともなかった。1週間が過ぎたころ、水が引いたグラウンドに降り立ち、仲間とヘドロをかき出した。土が見えると、そのわずかなスペースでキャッチボールがしたくなった。

 「しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています」

 9月には台風で再びグラウンドが水没した。度重なる苦難にめげず、仲間と励まし合い、周囲にも支えられ、秋季県大会で準優勝した。そして、21世紀枠でつかんだ甲子園初出場。

 「だからこそ、日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔。見せましょう、日本の底力、絆を」

 3月15日の組み合わせ抽選会。「まさか自分が選手宣誓を引き当てるとは思わなかった」。松本嘉次監督(現宮城県高野連理事長)からは「お前らは被災地の伝道師。何を聞かれても、しっかり答えなさい」と言われていた。「これも自分の役割かも。大げさに言えば、宿命だと思った」

 震災に対する思いや伝えたいことを、仲間とホワイトボードに書き出した。その言葉を紡いで宣誓文にした。「直すところはほとんどなかった」と松本監督。

 「われわれ高校球児ができること。それは全力で戦い抜き、最後まであきらめないことです。今、野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います」

 卒業後は日体大に進学し、野球部でプレーしながら教員免許を取得した。4年後に地元に戻り、「震災を思い出せないほど、みなさん前を向いて頑張っている」と改めて感じた。現在は石巻高の非常勤講師として、野球部も指導する。県教員として正式採用され、監督として甲子園に出場し、「今度は勝ちたい」という夢がある。

 新型コロナウイルスの感染拡大で厳しい状況が続いた1年。石巻高でも1月に感染が広がり、現在も部活動は休止されている。「生徒には、先が見通せない時でも、踏ん張って努力できる人間になって欲しい。僕の場合、その先に甲子園という報われる場所があった。今度は僕が、夢のお手伝い、環境づくりをしたい」

 小学校の文集に「将来の目標」を「1甲子園出場 2プロ野球選手 3高校野球の監督」と書いた。「1がかない、3も目前。思うことって大事だなと思う。自分なりに目の前のことを精いっぱいやってきた。また10年後に、やってきてよかったと振り返られるような生き方をしていきたい」(編集委員・安藤嘉浩

宮城・石巻工の阿部翔人主将の選手宣誓全文

宣誓

東日本大震災から1年。日本は復興の真っ最中です。

被災をされた方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、今も当時のことや亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。

人は誰でも答えのない悲しみを受け入れることは、苦しくてつらいことです。

しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。

だからこそ、日本中に届けます。

感動、勇気、そして笑顔。

見せましょう、日本の底力、絆を。

われわれ高校球児ができること。

それは全力で戦い抜き、最後まであきらめないことです。

今、野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々とプレーすることを誓います。

平成24年3月21日

選手代表 宮城県石巻工業高等学校野球部主将 阿部翔人

     ◇

 あべ・しょうと 1994年8月25日、宮城県生まれ。石巻工高3年時の2012年春に第84回選抜高校野球大会に出場し、1回戦で神村学園(鹿児島)に5―9で敗れる。3番捕手、主将として反撃の口火を切る中前適時打を放つなど3安打と活躍した。日体大でも硬式野球部でプレー。父の克彦さん(55)も教員で、現在は宮城水産高で野球部監督も務める。「翔人」という名は「父が『はばたく人』という願いと自分のポジションをかけて名付けたそうです」。目標とする監督は日大三(東京)の小倉全由監督。「大学の同期に卒業生がいて練習がない日は母校に練習に行っていた。オフに母校に行く、恩師に会いたいと慕われるのはすごい。実際にお目にかかり、厳しくも温かい人柄にもひかれた」