大阪桐蔭エース、東日本大震災を経験 忘れられない光景

高校野球

山口裕起
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 3月11日で東日本大震災から10年を迎える。「復興」を掲げて歩んできた高校野球界にとっても節目の年だ。震災直後に開幕した選抜大会で選手宣誓を務めた選手や、被災地から甲子園の切符をつかんだ選手に当時を振り返ってもらった。この春、その思いは第93回大会に出場する球児らへと引き継がれる。

 10年前に東日本大震災を経験した少年たちも、高校球児となり甲子園の土を踏む。

 大阪桐蔭のエース松浦慶斗(2年)は当時、宮城県石巻市の門脇小1年生だった。授業が終わった直後に大きな揺れに襲われた。両親が駆けつけ、近くの中学校へ避難。「あの時の光景は忘れられない」。校庭に止めてあった車が津波で流され、火事も起きた。

 数日後、同じアパートに住んでいた友達もバスに乗ったまま津波に流され、亡くなったことを知った。

 震災後は親の故郷の北海道へ引っ越し、野球を続けた。「日本一の投手になりたい」との思いから関西の強豪校へ進学し、昨秋から背番号1を背負う。「野球がやりたくてもできなくなった人たちがいる。その人の分まで、負けてたまるかという思いで10年間やってきた」

 2月13日夜、東北地方を再び大きな地震が襲った。甲子園に初出場する宮城・柴田の主将、遠藤瑠祐玖(るうく)(2年)は跳び起きて外へ出た。「あの時と同じだ、と怖かった」

 石巻市のクラブチームで野球を始めたばかりだった。だが、グラブやバットは津波で流され、楽しみにしていた兄とのキャッチボールは突然奪われた。

 翌12年春、21世紀枠で地元・石巻工が選抜に初出場し、「街が盛り上がって僕も野球を頑張ろうと思えた」と振り返る。今度は自分たちが――。「多くの人に支えられて野球ができている。恩返しのつもりで東北に元気を与えたい」。感謝の気持ちを胸に甲子園を駆け回る。(山口裕起)