ワクチン接種で「遺伝子組み換え人間」にはなりません

酒井健司
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 種痘(天然痘ワクチン)は地球上から天然痘を根絶できたほど効果的でしたが、導入された当初は「種痘を受けると牛になる」といった噂(うわさ)が広まったのだそうです。いまから200年ぐらい前の話です。日本では江戸時代末期に種痘が導入されましたが、同じような噂が流れました。種痘は生ワクチンの一種ですが、大元は牛に感染した天然痘ウイルスによく似たウイルスに由来します。このあたりが噂の原因でしょう。世界中で種痘が行われましたが、もちろん牛になった人はいません。

 現在でも同じような噂があります。新型コロナワクチンを接種すると「遺伝子組み換え人間」になるのだそうです。2021年2月末の時点で、新型コロナワクチンは世界で2億回以上接種されていますが「遺伝子組み換え人間」になった人はいません。新しい技術を使ったワクチンですから、不安になるのはよくわかります。ワクチンを打ちたくない人は打たなくてもかまいません。ただ、よくわからないままに、不正確な情報を拡散するのはよくありません。

 遺伝子組換えの技術そのものは、新型コロナ以前からワクチンに使われています。たとえば現在使われているB型肝炎ワクチンは、遺伝子を組換えた酵母にウイルス抗原を作らせています。それ以前の、患者さんの血漿(けっしょう)から精製したウイルス粒子を使うワクチンは大量生産に向いていませんし、不活化するとはいえ潜在的に感染のリスクがあります。遺伝子組換えの技術を使ったB型肝炎ワクチンは大量生産できますし感染のリスクはありません。30年以上も使われていますが「遺伝子組み換え人間」になった人はいません。私も医学生のころにB型肝炎ワクチンを受けています。

 新型コロナワクチンのうち、すでに日本で使用されはじめたファイザー製のワクチンは遺伝子組換えワクチンではありません。mRNAワクチンです。ワクチンのmRNAは人工的に合成され、接種されると人の体内でたんぱく質に翻訳されますが、これらの過程で遺伝子組換えは起こっていません。mRNAがDNAに変換されることを逆転写と言いますが、mRNAワクチンは逆転写なしで効果を発揮します。ヒトのゲノムに組み込まれることはありません。

 「それでも絶対に0%とは言えない。10億分の1といった低い確率で遺伝子組換えが起きるかもしれない」と言われたら、否定はしません。繰り返しますが、ワクチンが不安で接種したくない人は接種しなくてもかまいません。「遺伝子組み換え人間」はともかく、重度のアレルギーなどの副反応はまれながら起こります。日本で十分にワクチンが行きわたるのには時間がかかりそうなのでゆっくりと慎重に判断してください。

 私自身は、ワクチンによる遺伝子組換えはまったく心配していません。よしんば遺伝子組換えが起こりうるとしても新型コロナにかかるほうをずっと心配すべきです。新型コロナウイルスはRNAウイルスです。感染したらウイルス粒子が増殖して体中にウイルス由来のRNAがばらまかれます。コントロールされたワクチンと比べてどちらがましでしょうか。

 新型コロナワクチンには発症予防や重症化予防だけではなく感染予防効果もありそうなデータも出てきました。感染予防効果があれば、ワクチンを打ちたくない人やワクチンを打ちたくても打てない人がいても、周りの人たちがワクチンを接種することで、そうした人たちを新型コロナから守ることができます。そのためにも私は新型コロナワクチンを受けます。

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酒井健司
酒井健司(さかい・けんじ)内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。