拡大する写真・図版旧優生保護法下の不妊手術被害者に対する一時金支給法成立を受け、会見する米津知子さん(左から2人目)=2019年4月、衆院第一議員会館

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 「人の気持ちは変わった」。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗前会長の発言をめぐる動きを、女性運動や優生保護法の問題に取り組んできた米津知子さん(72)はそう感じています。ただ、「女性の問題は後回しにされやすい」と心配します。どういうことでしょうか。

拡大する写真・図版よねづ・ともこ 1948年生まれ。70年代からウーマンリブ運動に携わり、優生保護法の問題などに取り組む。2歳で罹患(りかん)したポリオにより障害がある。現在は「SOSHIREN女(わたし)のからだから」「DPI女性障害者ネットワーク」「優生手術に対する謝罪を求める会」メンバー (写真は本人提供)

 ウーマンリブ運動に出会った70年代初め、女性の社会進出を求める声に、実は違和感がありました。男性並みの無理を求められるのでは、と。80~90年代に国連などで、開発や労働の観点も踏まえて24時間働く競争社会への異議が示され、女性が入ることで社会が変わっていくと思えるようになりました。

 24時間働く社会は、背後に女性の支えがあって成立しています。そんな社会に女性が合わせるのではなく、個人個人が無理なく活躍できる社会にならなければなりません。

 それなのに旧来型の社会を絵に描いたような森氏の発言に、驚きました。問題視しても猫の首に鈴をつける人はおらず、海外の報道やIOCの「外圧」に押された形でした。

 同時に、人の気持ちは変わった…

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