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 三重県鈴鹿市の大下(おおした)遺跡の発掘調査で2018年に、木製の導水施設「木樋(もくひ)」が見つかり、「放射性炭素年代測定」の結果、1~2世紀ごろに作られた全国最古級のものと判明した。同市が25日、明らかにした。木樋は、集落を囲むように掘った環濠(かんごう)の土中から見つかっており、環濠の水を外部へと導く排水構造の一部であれば、極めて珍しい発見例という。

 大下遺跡は鈴鹿市稲生町の堀切川左岸に位置している。見つかった木樋はふたがあり、円筒形の内部を水が流れるようになっていた。保存状態は全国でも十数例に入るほど良好だという。

 18年の発見後、市は考古学などの専門家5氏の助言を受けながら、複数の専門機関に木樋の年代測定を依頼。その結果、昨年冬までに、見つかった木樋はヒノキ材を加工したもので、1世紀から2世紀ごろの弥生時代後期のものと分かったという。

 市によると、木樋は祭祀(さいし)などで水を流す道具として使われたとも考えられているという。見つかった木樋とふたの表面には、飾りのように削った跡があることから、市は大下遺跡でも祭祀用に使われ、それを指導した有力者が存在した可能性もあると考えた。

 ただ、専門家の間には過去に祭祀に使った木樋を後に排水用に土中に埋めたとも考えられるなどの意見があり、現時点では実際の使用目的は断定できていない。

 一方、環濠の排水構造の一部として木樋が見つかったこと自体が珍しいとの専門家の指摘もある。市は「環濠の末端排水の遺構例としては、全国初の可能性がある」と話している。市は木樋をふたとともに約1メートルの長さで切り取って保管しており、保存処理をしたうえで公開する方針だ。(中根勉)

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 大阪市立大学の岸本直文教授(考古学)のコメント 木樋は取水口側に何らかの構造があって、環濠での水位の調整をしていた可能性がある。一方、祭祀用に使ったとすれば、あえて水を集める木樋の暗渠(あんきょ)を作ったと考えることもできる。明らかにするには、さらなる調査が必要だ。

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