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 2017年から昨年にかけてノルウェー、イギリス、フランスの文芸誌に掲載され、大きな反響を生んだ川上未映子さんの短編小説「恥」。日本の女性が縛られている三つの「恥」が描かれています。3月8日の国際女性デーを前に、未発表だった日本語原文の作品を紹介します。

拡大する写真・図版川上未映子さん (C)TAKESHI SHINTO

   1

 成美はときどき夢をみる。彼女がまだ生きていた頃の夢だ。

 夢の中の成美は十五歳になったばかりで、お腹(なか)は画用紙のようにたいらで手足は細く、少し身をよじると肩甲骨と背骨の丸みがほどよく浮きでる。どこまでも走っていけそうなしなやかさを全身にたたえ、まるで春先に生まれたばかりの小動物のような瑞々(みずみず)しさに溢(あふ)れている。自然な膨らみのある胸。色も大きさも気にならない乳首。すっきりとした腰まわり。太股(ふともも)や二の腕の柔らかな筋肉は、明るい予感に満ちて光を放っている。何にだってなれるし、どこにだっていける。誰かを傷つけることもなく、傷つけられることもない。ただそこにある生命力そのものとして、成美は夢の中にいる。

 間違いなくそれは成美の体だったのに、しかしそれはただの一度も、成美のものであったことはなかった。

 周りの人間は、今の成美が持っているものすべてにどれだけの価値があるのかを成美に教えようとした。強引に、まわりくどく、じつに様々なやりかたで。

 人々の言うその価値というものは成美自身には関係がなく、成美という意識とその体が纏(まと)っている、性に拠(よ)るものであるらしかった。おまえは成美であるまえに女なのだと人々は彼女に判(わか)らせようとした。

 彼女は自分が人間であり、この体が誰のものでもなく、自分自身のものなのだということを知るまえに、女という底なしの井戸に放り込まれてしまった。尽きることなく他人の欲望が湧きつづける暗闇の中では息をすることができない。たとえ這(は)いあがれたとしても、成美を濡(ぬ)らしたその水が乾くことはない。

 体はいつも冷たい。

 

   2

 夢から覚めた成美は、瞬きを何度か繰り返す。手足に力を入れ、数分かけてもうひとつの現実に体をなじませる。

 昨晩、眠る直前に食べたハンバ…

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