「もう電池がない」人工呼吸器で生き抜いた母娘の1週間

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後藤一也
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 2005年1月、カナダに留学中だった千葉芙美(ちばふみ)さん(41)は、仙台市にいる母の淑子(しゅくこ)さんからメールを受け取った。

拡大する写真・図版筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症する前の千葉淑子さん(左)と芙美さん=芙美さん提供

 「おはよう! 昨日筋萎縮性側索硬化症(ALS)と診断されました」

 そう書き始め、どのような病気か調べてほしいとの言葉があった。

 「驚くことがたくさんあると思うけど、我ら母子はAlways keep smiling!」

 暗さは感じられない文面だったが、ALSについて調べると、「人工呼吸器をつけないと生きていけない」という内容で衝撃を受けた。

 思い返せば、予兆はあった。

 「新聞紙につまずいたの」

 「スリッパが重く感じる」

 不調の原因は持病の腰痛だと思っていた。

 ALSと診断された時、淑子さんはまだ57歳。娘に迷惑をかけまいと、人工呼吸器をつけずに過ごそうとしていた。

 「これ以上どうして娘のために生きなくちゃいけないの?」と笑って言った。

 芙美さんは年内に帰国し、母親の介護の様子をブログに書いた。

 読者のALS患者と知り合い、ヘルパーを24時間利用して生活できることを知った。

 「これだ!」

 呼吸器をつけようと淑子さん…

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