【動画】長崎市の興福寺の鐘が、縁ある中国・福建省から寄贈され復活=弓長理佳撮影
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 禅宗の一派、黄檗(おうばく)宗を日本に伝えた中国の高僧・隠元隆琦禅師(いんげんりゅうきぜんじ、1592~1673)が最初の拠点にした興福寺(長崎市寺町)に、隠元の出身地の中国・福建省から贈られた釣り鐘が26日、据え付けられた。戦時中に鐘を供出して以来、寺に鐘はないままだった。松尾法道住職は「ようやく終戦を迎えることができた」と、開祖が結んだ縁に感謝した。

 1654年に日本に渡った隠元は、最初に上陸した長崎で、興福寺を拠点に1年ほど教えを説いた。日本三禅宗に数えられる黄檗宗のほか、自らの名を冠するインゲン豆、煎茶など、現在まで伝わる中国の文化や風習を持ち込んだ。

 こうした縁に注目し、興福寺は5年ほど前から、福建省の黄檗宗寺院と交流を重ねてきた。これまでに受け入れた中国の僧侶は1千人にものぼる。2019年、長崎を訪れた当時の福建省トップが、興福寺の鐘が供出されて以来ないままだと知り、寄贈を申し出た。

 鋳造には、隠元禅師が来日前に住職を務めていた福建省の萬福寺が全面協力した。完成した鐘は興福寺が創建400年を迎えた昨年、長崎へ発送し、今年2月上旬に寺に届いた。

 鐘は銅製で、高さ約2メートル、直径約1・2メートル、重さは2・5トン。かつての1・5トンの鐘より大きくて重いため、専用の台座を設置し、1時間以上かけて本堂横の鐘鼓楼(しょうころう)の中につるされた。

 鐘をつく側には日中関係や世界の平和を意味する「世界和平」、反対側には黄檗宗が後世まで伝わることを願う「黄檗流芳」という文字が刻まれている。

 松尾住職は「鐘が復活したことで、寺にとっての戦争にひと区切りついた」と喜んだ。「歴史ある長崎と福建省の縁について、いろんな人に知ってもらいたい。鐘の寄贈をきっかけに、日中関係もよくなれば」と話した。

 今年11月14日に予定される「入魂式」を経て、鐘を法要などで鳴らせるようになるという。(弓長理佳)

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