「弱さ」を含み込む場に 被災地の学校から見えた光

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聞き手 編集委員・氏岡真弓
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 岩手県陸前高田市の中学校に通い、東日本大震災後の日常と復興を調査した研究者グループの1人が日本女子大の清水睦美教授だ。そこから見えたのは従来とは別の学校像だったという。

 ――なぜ陸前高田へ。

 研究者グループで地方分権改革をテーマに、北海道の調査を始めたところでした。そこに震災が起こり、厳しい状況にある被災地を対象にしなくてよいのかと議論になり、陸前高田に変えました。私が教育支援のNPOの一員として、ボランティアで4月2日から現地入りしていたことが大きかったと思います。

 学校には震災の翌月から2018年ごろまで、支援と研究で週1回から月1回通い続けました。学校で教師や生徒の様子を観察したり聞き取りをしたり、地域で話を聞いたりしました。

しみず・むつみ 1963年、長野県生まれ。日本女子大人間社会学部教育学科教授。専攻は学校臨床学、教育社会学

 ――震災後初めて訪れたときはどう感じましたか。

 私は震災前の陸前高田を知っています。高台のキャンプ場を家族と何度か利用し、湾に臨むリアス式海岸の風景を気に入っていました。しかし、その風景は全く変わっていました。海からかなり離れたところなのに、目に飛び込んでくるのは、がれきの山、山、山……。津波が気仙川をさかのぼった痕跡です。陸前高田の津波の人的被害は宮城県石巻市に次いで多く、住民の1割近かったことも後に知りました。

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 一方、地域では人々が自ら避難所を運営し、物資を分け合っていました。子どもにも小学生、中学生それぞれに仕事が与えられていました。同じ被災地でも物資の配分をめぐって自治が働かないところもあり、地域の力を感じました。

 ――学校が始まると、子どもたちや教師の様子はどうでしたか。

 再開は手探りでした。避難所…

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