再審開始、勝ち取る日まで 大崎事件の弁護士が出版

編集委員・大久保真紀
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 「開かずの扉」と言われる再審開始決定が3度も出ながら、いずれも上級審で取り消された事件がある。鹿児島県で1979年に男性の変死体が見つかった「大崎事件」。主犯とされ、懲役10年の刑に服した原口アヤ子さん(93)は取り調べ段階から一貫して無実を訴えてきた。いま4度目の再審請求をしている。その歩みを、弁護団で事務局長を務める鴨志田祐美弁護士(58)が本にした。

 鴨志田さんが事件に出会ったのは2003年。前年に40歳で司法試験に合格。司法修習生として配属された事務所の所長が、原口さんの第1次再審弁護団の団長だった。当時は、鹿児島地裁での再審開始決定に検察側が抗告し、高裁で審議中だった。

 事件が起きたとき、鴨志田さんは神奈川県の高校2年生。当然ながら、事件のことは知るよしもない。修習生として記録をむさぼるように読んだ。

 地裁決定が維持されるものと思っていたが、晴れて弁護士となった2カ月後、決定は取り消された。翌年、鴨志田さんは弁護団事務局長に就任した。ふたりは、再審無罪を勝ち取るための闘いの日々をともに歩むことになった。

 原口さんは厳しい取り調べにも一度も自白せず、罪を認めることになるからと仮釈放にも応じず、満期服役した。「鉄の女」と称されたその原口さんも年齢とともに衰え、いまでは自ら言葉を発せなくなっている。

 鴨志田さんは、原口さんの代弁者として一般の人にも読みやすい物語にしようと3年がかりで執筆した。

 験を担いで「カツ丼」を食べたことや弁護団の弁護士が漢字を読み間違えたことなど笑いを誘うエピソードを盛り込む一方で、第3次請求審で、再審開始決定を最高裁に取り消された日の夜は、原口さんにどう伝えればいいのかと思い詰め、宿泊した高層ホテルから飛び降りようかと思うほどうちひしがれたことも記した。

 「(事件を)知ってしまった以上、知らなかった時代には戻れない」と鴨志田さんは言う。「闘い続けている原口アヤ子さんという女性がいることを多くの人に知ってもらいたい。そして、再審制度の見直しにもつながれば」

 大崎事件に精魂を傾けすぎて、鹿児島の個人事務所は閉めざるを得なくなった。4月から京都市の事務所に移り、第4次の再審請求に向き合っている。

 タイトルは「大崎事件と私~アヤ子と祐美の40年」。税込み2970円。出版元はLABO。(編集委員・大久保真紀

大崎事件とは

 鹿児島県大崎町で1979年10月15日、男性(当時42)の遺体が自宅横の牛小屋で見つかった。男性の義姉だった原口アヤ子さんと当時の夫(男性の長兄)、義弟(男性の次兄)の3人が殺人と死体遺棄容疑で、原口さんのおい(義弟の長男)が死体遺棄容疑で逮捕された。

 絞殺の凶器とされたタオルは特定されず、物証もない。原口さん以外の3人の「自白」が証拠とされた。3人は控訴せず一審の刑が確定したが、後に、警察の厳しい取り調べで自白させられたと弁護士に告白した。夫は交通事故の後遺症で知的能力が低く、ほかの2人には知的障害があった。

 原口さんは、最高裁まで争ったものの81年に刑が確定。第1次再審請求で鹿児島地裁は2002年に開始決定を出したが、福岡高裁宮崎支部が決定を取り消した。10年に起こした第2次請求は一審で退けられた。15年の第3次請求は一審、二審ともに認められたが、最高裁が19年に決定を取り消した。