「精神的に参ってた」照ノ富士 復活支えた兄弟子の追憶

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小俣勇貴
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 大相撲春場所で優勝し、21場所ぶりの大関復帰を決めた照ノ富士(29)。序二段からの劇的な復活を支えてきたのが、元幕下力士の駿馬(しゅんば)として付け人もしていた中板秀二さん(39)だ。

 中板さんの初土俵から6年後の2010年、間垣部屋に入門してきたのが照ノ富士だ。

 入門直後の稽古。163センチの自分よりも約30センチ大きい新入りにまわしをとらせなかった。だが、それもつかの間。「成長のスピードが異常に速かった。2週間くらいで簡単に勝てなくなり、半年たったら全く歯が立たなくなった」

 13年3月、間垣部屋閉鎖に伴い、伊勢ケ浜部屋に移籍。照ノ富士が十両昇進を決めた同年7月の名古屋場所後、中板さんは「関取」になる照ノ富士の身の回りの世話をする「付け人」になるよう親方に言われた。

 乗り気ではなかった。入門直後から、角界のいろはを指南してきた相手。番付では劣るものの、兄弟子としてのプライドもあった。「間垣部屋のころから『ガミガミうるさい人だな』と思われていたと思う」

 そんなわだかまりを消してくれた出来事があった。

 照ノ富士が初めて関取として迎えた13年秋場所。土俵入り前に化粧まわしをつけていたときのことだ。「これ逆だよ!」。他の部屋の力士から指摘されると、照ノ富士が語気を強めて言った。

 「駿馬さんが間違うわけないだろ!」

 煙たがられている、と思っていた。その弟弟子の言葉に驚いた。「間違っていたのは明らかに僕。ミスをかばってくれた」

 この一件以来、2人の絆は深まっていった。関取が取組前に何を欲しているのか、付き人として先回りして動いた。取組直前のシミュレーションでは、助言も求められるまでになった。まさに阿吽(あうん)の呼吸。照ノ富士は番付を駆け上がり、15年夏場所で初優勝。決定の瞬間は、真っ先に抱きしめられた。「いつも相撲をとるときは一緒に戦っているような感じだった。だから、自分が優勝したかのようなうれしさだった」

「戻れますかね」 問われて返した言葉

 照ノ富士の大関昇進が決まっ…

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