ここで歌っていいんだよ 大熊中の教諭は呼びかけた

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伊沢健司
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 東日本大震災で学校ごと移転を余儀なくされたのが、福島県大熊町の大熊中学校だ。約90キロ離れた校舎で、生徒に合唱を指導する教諭の姿があった。

 プレハブの校舎の壁を突き抜ける、まっすぐな歌声が響いた。2015年8月下旬の放課後のことだ。さまざまな部活動の生徒20人ほどでつくる「特設合唱部」が手拍子をし、指を鳴らして歌う。福島県合唱コンクールの本番の舞台が数日後に迫っていた。

 「テニス部のみなさんは、スマッシュを打つように最初の音を力強く」。指揮をする音楽教諭の酒井澄人さん(55)が呼びかけると、生徒たちの表情と歌声に力がこもった。

 この年の春、酒井さんは大熊中学校に着任した。着任を告げられてまず思ったのは「校舎は大熊町にはないはず。どこにあるのだろう」。調べてみると、海沿いの大熊町から90キロ内陸の会津若松市内にあった。プレハブの1階建ての仮設校舎が、短大の近くに建てられていた。

 大熊町には東京電力福島第一原発がある。2011年3月の原発事故で、町役場や小中学校は福島県会津若松市へ、町民1万1千人は全国各地へ避難を強いられた。震災前に約370人いた大熊中の生徒は、酒井さんが着任したころには約40人に減っていた。合唱部も大会前の「特設」でなければ活動が難しかった。

 それでも酒井さんは「どこにいても、どんな場所でも音楽はできる」。そう信じて、生徒と向き合った。

 北海道函館市出身で、高校で…

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