「手がかり、少しでも…」行方不明者の捜索、続ける思い

諫山卓弥
【動画】海からみた被災地 ~カメラがとらえた水中の10年~=朝日新聞映像報道部取材班撮影
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 東日本大震災から10年を迎える宮城県女川町で、震災の行方不明者の水中捜索を続けるボランティアダイバーがいる。

 1月下旬の女川湾。冷たい風が吹き、白い波が立つ海中に、高橋正祥さん(41)は飛び込んだ。水深30メートルを超える海底に向かい、水温10度を切る、視界の悪い水の中で捜索を続ける。

特集企画「海からみた被災地」

東日本大震災による津波は、陸地だけでなく海の中にも大きな被害をもたらした。大量のがれき、失われた漁場……。あれから間もなく10年。豊かな海はどう変わったのか。震災3カ月後から継続的に被災地の海を潜水取材してきた朝日新聞フォトグラファーたちが報告する。

 この日は2回の潜水を行い、カバンを1個拾い上げた。港で開けると、中からは真っ黒な泥水が流れ出した。水道で洗いながら調べたが、持ち主が分かるようなものは入っていなかった。月に1回、仲間たちと同様の捜索を続けている。

 ボランティアダイバーには、行方不明者の家族も参加している。七十七銀行女川支店に勤務中に行方不明になった妻の祐子さんを捜す高松康雄さん(64)は、高橋さんの指導で潜水士の資格を取り、海中での捜索をするようになった。「海の深い場所での捜索は緊張しますが、高橋さんがいることで、安心して潜れます」と話す。

 高橋さんは仙台市の生まれ。福島の大学を卒業し、ワーキングホリデーで訪れたオーストラリアでダイビングインストラクターの資格を取得した。帰国後に神奈川県のダイビングショップで働いている時に、東日本大震災が発生した。

 親戚の家の片付けや、全国から集まったボランティアダイバーの活動に参加するため東北に通ううち、「自分のできる『潜ること』で地元に貢献したい」という思いが芽生え、2012年7月に宮城県石巻市でダイビングショップ「ハイブリッジ」を開店した。震災から日が浅い当初は客も少なく、作業潜水の依頼を受けてしのぐ日々が続いた。

 数年経つと海に生き物が戻りはじめ、観光のダイバーたちも訪れるように。15年には、女川町にできた商店街の中に店舗を移し、今では観光ダイビングに作業潜水、海岸ゴミの清掃活動など、多忙な日々を送る。そんな中でもボランティアの捜索活動を欠かさないのは、少しでも行方不明者の手がかりを見つけたいとの思いからだ。

 「昨年、今年と新たに海中に沈んでいる車を見つけました。まだまだ捜す場所はたくさんあります。地元のダイバーを育て、活動を続けていきたいと思います」と話した。諫山卓弥