全壊の家からグラブ2つ「奇跡だ」 兄弟で歩んだ10年

山口裕起
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 ハッと跳び起きると、部屋の本棚から本が崩れ落ちた。「あの時と似ていて、怖かった」。東北を大きな地震が襲った2月13日夜。第93回選抜高校野球大会に出場する柴田(宮城)の横山隼翔(はやと)(2年)は、岩沼市の家で片付けを終えると布団にくるまった。だが、寝付けない。10年前の光景が頭をよぎった。

 2011年3月11日。石巻市の小学1年生だった。学校から帰った直後、海から1・5キロ離れた自宅に津波が押し寄せてきた。「逃げろ!」の叫び声。ランドセルを放り投げ、2年生の兄航汰さん、5年生の姉あみさんと走った。近所の住民らの後を追って、数百メートル先にある陸橋に駆け上がった。目の前を車やがれきが流されるなか、きょうだいで体を寄せ合って一夜を明かした。両親と再会できたのは、震災から4日が経ってからだった。

 翌12日は兄弟で地元の野球チームに初練習に行くはずだった。2階建ての家は全壊したが、がれきをかき分けると、1階居間に置いていた二つの小さなグラブが見つかった。「奇跡的だ、と家族で喜んだ」。避難所生活を送るなか、兄とのキャッチボールが気晴らしの時間だった。

 数カ月後に練習が再開してからは、2人はずっと同じチーム。「はやと」「こうた」と互いを呼び合い、部員が9人しかいない中学時はバッテリーを組んだことも。恥ずかしがり屋の隼翔はいつも、航汰さんにべったり。柴田に進学したのも兄が行ったから。「兄弟で甲子園」をめざし、航汰さんは2年秋から主将になり、同じ内野手の隼翔はその背中を追った。

 だが、その夢は砕け散る。新型コロナウイルスの影響で昨年は春夏の甲子園が中止になり、航汰さんは挑戦すらできずに引退。「しばらく何も考えられなかった」。目標を失い、兄弟の会話は減っていった。

 昨秋の東北大会。新チームは青森、福島、山形の優勝校を破って決勝まで勝ち上がり、初の甲子園を手にした。身長162センチ。2番三塁で出場した隼翔は公式戦11試合でチーム一の7犠打飛。兄からもらった、ぼろぼろの打撃用手袋をお守り代わりにバッグに忍ばせた。

 航汰さんは消防士をめざし、4月から専門学校に通う。震災を経験し「人を助けたいと思った」からだ。野球への思いは弟に託す。2月上旬、「甲子園で快音を」とお年玉を取り崩し、銀色のバットをプレゼントした。校庭の隅で10カ月ぶりに投げ合ったキャッチボールでは成長を実感した。

 「震災に負けないぞ、と誓って10年間2人でやってきた。支えてくれた人への感謝を込めてプレーしたい」と隼翔。年明けに買ったグラブには「大胆不敵」の文字が縫い付けられている。「つらい時こそガッツを出せ」。兄の言葉を胸に、夢舞台に挑む。(山口裕起)