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 「また赤字に転落するかもしれない」

 プロ野球のヤクルトや、大リーグのレイズなどでプレーした岩村明憲さん(42)は、そんな危機感を抱きながら日々を過ごしている。BCリーグ福島レッドホープスの球団社長と監督を務め、チームの存亡を担う。

 東日本大震災からの復興の力になることを目指してきた。ところが、ここ数年は危機の連続だった。それでも「助けてくれる方々がたくさんいる」と踏ん張ってきた。

避難所で渡された罹災証明書

 日本球界に復帰し楽天に入団した2011年の出来事が鮮明に記憶に残る。宮城県内の避難所を訪問した際、一人の女性から声をかけられた。

 「『岩村さんサインくださいよ』って紙を渡されたら、罹災(りさい)証明書のファイルだった。これ書けないですよと言うと、『これを大事に持ち歩いて力をもらうから』と」

 野球を通じてできる限りの力になりたいと、使命感を抱いた。震災から3年後の14年、新たに福島に誕生した球団に、選手兼監督として入団した。

 球団事務所がある県中央部の郡山市は、地震そのものの被害より風評被害が大きかった。農作物を作っては捨て、を何回も繰り返したという農家の声を聞いた。

 「なぜ、そんなつらいことが起きてしまうのか。できるのなら払拭(ふっしょく)したいと思うでしょう」。岩村さん自らが広告塔となり、県産物のPR活動にも積極的に参加した。試合日には球場で、県産野菜の販売や、地元グルメを提供するブースを開いた。西会津町の応援大使を務めており、県外の試合では観光パンフレットを配る。町商工観光課の担当者は「メディアに出るなどして協力してくれている」と感謝する。

「まさか自分が」 窮地を支えてくれたのは

 予想しなかった問題に直面したのは、球団設立から丸4年が経った18年秋だった。

 球団の前運営会社の多額の負債…

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