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 東日本大震災の津波で自宅周辺の景色が一変したのがきっかけだった。震災直後の日記を自費出版したのを皮切りに、立て続けに7冊の本を出版。「失われる現実」を目の当たりにして生まれた焦燥感が、座間彰さん(70)=宮城県石巻市=を突き動かしてきた。

 近所で夜盗があり、気付いた家主が応戦したら刺殺されるという話が伝わる(3月13日)

 座間さんが自費出版した「震災日記」の一節だ。後にデマだと分かるが、新聞や公文書には載らないうわさ話も記した。パソコンが盗まれた、タイヤが持ち去られた、と知人が言う。家の車からはガソリンが抜き取られた。不穏な当時の空気が漂う。

 宮城県水産高校(同市)の元教員。もともと日記をつける習慣があって、暮らしぶりや街の様子を記録してきた。出版しようと思ったのは、見慣れた街が失われたことに愕然(がくぜん)としたからだ。

 石巻市内の中心部にいて、強い揺れに襲われた。慌てて車に飛び乗り、海沿いの渡波(わたのは)地区の自宅に向かった。海から約800メートル。体の不自由な90歳超の母親が気がかりだった。

 近くの道に泥水が押し寄せるのが見え、母親を2階に上げた。自宅周辺は盛り土されていたため、床上浸水は免れた。だが、地区では200人以上が犠牲になり、趣味の仲間2人も失った。近くのJR渡波駅前には津波で押し流された車が折り重なっていた。

 その光景を目の当たりにして、言い知れぬ恐怖を覚えた。「大津波警報が出ていると知って、母親を車に乗せて避難していたら、渋滞にはまって津波にのみ込まれていたかもしれない」。命をつなげたのは偶然だったと感じた。一方で「夢と勘違いするほどの光景を書き残さなければ」との思いを強めた。

 2011年8月に、発災から3カ月間の記録を初めての本にした。200部を知人らに配ると「リアルでわかりやすい」と好評で、その後、3年分を3冊にわけて出した。あわせて530ページにもなった。復旧・復興に向かう町の息づかいを写真とともに収めた。

 次いで記すことになったのは、故郷・千葉県の房総半島にある山あいの村での思い出だ。震災後に恩師や同級生から食料などが寄せられ、恩返しの気持ちだった。石巻から通いながら、子ども時代の村の暮らしや学校の様子を17年にまとめた。

 それから19年には、約40年前の南米チリでの経験も本にした。JICA(国際協力機構)の専門家として日本のサケを沖合に移植するため、4年にわたって海水温や塩分濃度などを調べた。その報告書を参考に、その後、チリ側は沿岸部での養殖に成功。著書ではサケの生態から書き起こし、技術協力の歴史に焦点をあてた。

 「記憶は消えたり、誤って伝わったりする。だが、記録を本にすることで、先人たちの歴史や思いを残すことができた」と手応えを感じる。特に「震災日記」で詳述した当日の避難行動や停電や断水が続く暮らしぶりは、「後の世代が事前の備えを考えるきっかけになる」と考えている。

 いま視線を注ぐのは、東北電力が再稼働を目指す女川原発だ。自宅から約10キロの距離にあり、昨夏には県の住民説明会に参加した。事故を想像すれば不安がつきない。原発をめぐる地元の思いや水産業への影響も記録するつもりだ。(志村英司)

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