東北を歩いた、書いた 早世の研究者、「無視への憤り」

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高重治香
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 東日本大震災の発生からまもなく被災地に入り、現地調査を続けてきた社会学者がいた。上智大学教授の植田今日子さん。小さな集落で生きる人たちに尽きせぬ興味を抱いた。震災からもうすぐ10年になろうとする今年2月11日、肺がんのため47歳で早世した。

拡大する写真・図版植田今日子さん=2016年撮影

 筑波大学などで学び、研究者を志した。調査方法は、現場を歩き、聞き取りなどをするフィールドワーク。ダム計画の水没予定地だった熊本県五木村中越地震被災地の新潟県山古志村、橋で本島との陸路ができた沖縄県の古宇利(こうり)島など、災害や開発にさらされ、従来の姿での存続が危ぶまれる時に浮かび上がる地域や人の本質に目をこらしてきた。

津波襲った集落で調査

 2010年、36歳で初めて常勤職についたのが宮城県東北学院大学だった。震災発生3カ月後の11年6月、津波で多くの家が流されながら、既に元の集落へ帰る相談が始まっていた同県気仙沼市唐桑町の舞根(もうね)地区に調査に入った。のちに、集落が危険も含めて海と付き合ってきた歴史から「なぜ海がすぐ迫る地へ被災した人々が再び帰ろうとするのか」を考察した論文にまとめられた。

 同町宿浦の集落の記憶を記録する共同研究では代表を務めた。植田さんから聞き取りを受けた熊谷真由美さん(73)は「お茶会やゲームにも参加して、話を聞く時は真剣な表情。忘れていた記憶が掘り起こされ、生まれた土地のよさに気づけた」。

 16年に上智大学東京都)…

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