漁の中断、荒れる藻場、続く捜索…被災地、海の10年

【動画】海からみた被災地 ~カメラがとらえた水中の10年~=朝日新聞映像報道部取材班撮影
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 東日本大震災による津波は、陸上だけでなく海の中にも大きな被害をもたらした。大量のがれき、失われた漁場……。あれから10年。豊穣(ほうじょう)の海はどう変わったのか。今年1月までの間、被災地の沿岸を継続的に潜水取材してきた朝日新聞映像報道部が報告する。

 朝日新聞映像報道部のフォトグラファーたちが潜水した被災3県(福島、宮城、岩手)の海中は計約30カ所に上る。

特集企画「海からみた被災地」

東日本大震災による津波は、陸地だけでなく海の中にも大きな被害をもたらした。大量のがれき、失われた漁場……。あれから間もなく10年。豊かな海はどう変わったのか。震災3カ月後から継続的に被災地の海を潜水取材してきた朝日新聞フォトグラファーたちが報告する。

 最初に潜ったのは、震災から約3カ月後の2011年6月だった。岩手県山田町。津波によって800人超が犠牲になった。町に面した山田湾を潜ると、水深7メートルの海底には家屋やトラックが沈んでいた。周囲には布団や靴、柔道着なども漂い、視界は悪かった。

 震災から5年後の2016年。福島県楢葉町の木戸川を訪ねた。海へと注ぐ河口付近ではサケ漁が盛んだったが、東京電力福島第一原発事故で漁が中断。この前年に再開されたものの、震災前の漁獲量(年間約7万匹)には遠くおよばなかった。漁の中断中、稚魚の人工孵化(ふか)や放流も停止したことが響いたとみられる。

 一方、ここから約160キロ北の宮城県南三陸町の海(水深3メートル)では、魚の産卵や稚魚の成育の場所となる藻場が津波によって打撃を受け、生態系が崩れていた。その結果、回復しかかっていた藻が、大量発生したウニによって食べ尽くされていた。

 今年1月。寒風吹きすさぶ女川湾(宮城県女川町)で、ダイビングスーツ姿の高橋正祥さん(41)が潜っていた。水深30メートルの海底から一つのカバンを引き揚げた。港に戻って中身を空けたが、出てきたのは真っ黒な水だけ。持ち主につながる手がかりはなかった。

 高橋さんは仲間と一緒にボランティアで行方不明者や所持品を捜す活動を続けている。津波で亡くなった町民は600人超。いまだに250人超が行方不明とされる。「まだまだ捜す場所はたくさんある」。高橋さんはそう語った。