神社界最高位を贈られた高千穂神社の後藤俊彦宮司

浜田綾
[PR]

 約8万社の神社をまとめる神社本庁(東京)から、最高位の称号「長老」を授与された高千穂神社=宮崎県高千穂町=の後藤俊彦宮司(75)。大学で経済学を専攻し、政治家秘書を務めた異色の経歴。予想外のかたちで神職に就いたが、「天職だと実感している」。神楽の保存、若手の育成……展望は尽きない。

 「長老」は、長年の奉仕を通じて神社界で非常に大きな功績を積み、人格や見識に秀でた神職に授与される称号。同庁設立日の2月3日に表彰するが、該当者のない年もある。その狭き門に今年、明治神宮(東京)の中島精太郎宮司と共に選ばれた。県内では2003年の黒岩龍彦・宮崎神宮宮司(故人)に続き、2人目となる。

 高千穂町上野の農家の4人きょうだいの長男。高千穂高校を卒業後、福岡県九州産業大学商学部経済学科に進んだ。決まりかけていた大手建設会社への就職を辞退。宮崎出身で、1965~71年に参院議員だった黒木利克さん(故人)の私設秘書を4年半務めた。

 組織や企業に属するのは不向きだと感じ、「国や社会のために、という思いが人一倍強かった」。東京の黒木さん宅に住み込みで働いていたころ、地元の高千穂神社総代から「神職になってほしい」との要望が届いた。26歳だった。

 当時の高千穂神社は荒れていた。鳥居は傾き、築200年を超す社務所は大風のたびに屋根が飛ぶ。雨漏りもしばしばあった。でも、そんな環境だからこそ挑戦してみたくなった。何もないところを耕す開拓者のような生き方もおもしろい。「それまでは何かを成し遂げた実感がなく、最後のチャンスだと思った」

 二つ返事で快諾。人生のスタートラインに立てた気がした。秘書を辞め、東京の国学院大学文学部神道学科(当時)で1年間学び、1975年に禰宜(ねぎ)として奉職。以来、1日も休まずに働いてきた。

 高千穂神社は「天孫降臨の地」の中核を担う。由緒に見合った格式をもって運営してほしい――。氏子や神社総代らはそう望んでいた。かつて、宮司には退職した校長が就くなど「名誉職」としての性格も強かった。若く、国学や神道学を学んだ「真の神職」の就任を待ち望む期待を背負い、81年に宮司になった。

 鳥居の修復など社務所の運営はもちろん、神楽の保存にも尽力してきた。伝統芸能には地域を結束させる力がある。今後、全国の神楽関係団体で団結し、ユネスコ無形文化遺産への登録を目指す。「苦楽を共にしてきた同志で知恵を持ち寄り、一丸となって神楽を守っていきたい」

 「長老」を授与されると聞いたとき、過分な評価と感じ、一度は辞退した。だが、熱心に説得され、「私は元来なまけ者。気を引き締めるよう、神様が役職を与えられたのでしょう」と考え直し、受け入れた。

 75歳。やりたいことはまだまだある。重要視する一つは、若い神職や巫女(みこ)の育成。若手に「疲れている」「きつそう」と気を使わせないよう心がける。「神職としてあるべき姿を見せ続けなければいけない」

 今日が最後の職務になるかもしれない――。毎朝そんな思いで背筋をすっと伸ばす。葬式や祭事で祭詞(祝詞〈のりと〉)をあげる際には、若かったころよりも緊張感をもって臨んでいる。「手を抜いたり、よだきい(めんどくさい)思いを心に抱いたりしたらだめです。常にベストを尽くし、最後の日まで職務を全うします」(浜田綾)